官民連携による課題解決の提言 AI影響による業務と人材のミスマッチを解消するシナリオ

2026年10月16日

みずほ総合研究所 ヒューマンキャピタルコンサルティング部

吉岡 稔泰

※みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称です。

はじめに

「生成AI(以降AIと記載)による生産性向上」が身近になりつつある中、今後ますますテクノロジーを使うことによる利便性、効率性の向上や、新たな価値の創出が進んでいくことだろう。

AIによる様々な影響(ポジティブ、ネガティブ両面)がニュースで日常的に取り上げられているが、人的資本経営の側面で企業、人材側に及ぶ影響をどれだけ身近に感じているだろうか。また、それに対する準備はできているだろうか。AIを使う場面が増え、漠然と業務に変化をもたらす影響はありそうと感じつつも、まだ自分事になっていないかもしれない。

コンサルティングの現場で様々な企業や人材と接している中で感じていることとして、今後どのような流れでその影響が波及していくか、予測を交えて記載したいと思う。

近い将来に労働需要と供給の間でミスマッチが生じる

経済産業省「2040年の就業構造推計(改訂版)」*1によると、AI・ロボット等の利活用やリスキリング等により労働需要が効率化され、「量」としては大きな不足が生じないものの、職種間等でミスマッチが生じると見込まれている。主なミスマッチとしては、事務職が余剰になる一方で、生産、建設、サービス関連の現場人材やAI・ロボット等を利活用する人材等が不足する可能性が示されている。

この提示されている未来がおそらく現実のものになると頭では理解できるが、それに向けて何をどうすればよいかを考え、実際の行動に移すことはかなり難しいと思われる。AI・ロボット等の利活用は進められても、リスキリングは簡単にできるものではないからだ。コラムに目を通していただいている皆さんはリスキリングを経験したことがあるだろうか。リスキリングは、新しいスキルや知識を習得して、別の職務や業務に対応できるようになることを指す。私の知人にフリーランスのライターがいるが、AIが文章を作成できるようになり、仕事量が激減したと頭を抱え、今後どうすればよいか悩んでいると聞く。現在取り組んでいる業務との違いがどれほどあるかにもよるが、例えば、事務職の業務がAIに代替されたため、(企業内にあれば)現場人材として配置換えをするような場面を想像してほしい。どう感じるだろうか。

行っている事業にもよるが、企業と人材はまずこの波に直面することになるだろう。企業として、積極的にAIを活用していくケースやAIによる事業や業務プロセスへの影響が大きいケースでは、事業戦略の見直しとそれを担う人事/人材戦略の見直しを避けては通れない。人材ポートフォリオの策定については以前弊社から発信している「人的資本経営における動的な人材ポートフォリオ策定・運用の実務:みずほ銀行)」を、人事/人材戦略の見直しについては「生成AI時代の人的資本経営:みずほ銀行」、「「過去の正解」で見極める組織はAIに淘汰される:みずほ銀行」をご参照いただきたい。見直し案を策定後にそれを実現するには人材以外の資源確保はもちろんだが、業務と人材のミスマッチを何らかの手段で解消しなければならない。

そこで、必要に迫られてからでは十分な対処ができない恐れが高まることから、経営への影響度を把握する意味でも、人材ポートフォリオの策定およびミスマッチの解消を試行してみることをおすすめする。ミスマッチの解消は一部の部署だけを対象とするのもいいだろう。

実用的な労働移動手段の多様化が必要

AI等を利活用してもなお、事業をするうえで不足している専門人材を外部から採用することはこれまでと変わりがないかもしれないが、余剰になってしまった人材を単一企業あるいはグループ企業内の労働移動によってミスマッチを解消することは困難なのではないかと筆者は考えている。企業の垣根を超えて、社会全体での労働移動を今まで以上に加速させないと将来として示されているミスマッチを解消できないはずだ。現在の主な手段である転職、副業、兼業で果たして加速できるだろうか。

状況は異なるかもしれないが、様々な活動に制限がかかったコロナ禍にヒントがあるように思う。感染症の拡大を防ぐために人の往来がほぼなくなったことで航空会社は軒並み苦境を強いられていた。そのような状況下で、客室乗務員が社外に出向した事例を記憶している方は多いのではないだろうか。在籍型出向(以降、出向と記載)という手段で労働移動が行われたのだ。人材にとっては、退職することなく、新たな経験やスキルを積んだり、活躍する場に身を置いたりすることができ、企業にとっては、人材を退職させることなく、内部にはない専門性の獲得や、企業内の労働移動で対応しきれなかった人材が活躍する環境の提供といったメリットがある。いわば、雇用のセーフティーネットにもなり、新たなスキルの獲得のような攻めのキャリア形成の手段にもなる。

一部の大企業やグループ企業では出向という手段を選択することが可能だが、中小企業やグループを持たない企業では難しい。公的機関が企業間のマッチング等を支援しているほか、国も助成制度を創設しているものの、社会全体での枠組みとしては限定的になっているのが現状だ。法律・ルールの整備は必要だが、出向を活用しやすくなる仕掛けを官民一体となって検討してみてもいいように考えている。出向を業としてはならない前提を守りつつ、企業間のマッチングを加速させるには、出向に関する経験があり、多くの企業とつながりを持っている企業が一翼を担うといいかもしれない。

出向という言葉には、一部ネガティブに捉えられてしまう背景がこれまであったかもしれないが、上述したような社会全体の枠組みが整えば、優秀な人材に新たな事業を起こすための専門性を身につけるための出向や、次世代経営層候補者に異業種や異文化での経験を積ませるための出向等、事業や人材を成長させるポジティブな側面も増えると想像する。それにより企業内でしか築けなかったキャリアの幅が広がるだろう。また、出向、副業、兼業を一体的な労働移動の選択肢として位置づけ、より使用者側から主導して企業間の人材マッチングや活用を促すとともに、現在見直しが進められている労働時間の通算管理をはじめとする実運用上の課題にも対応していくことが、社会全体の労働移動を加速させるうえで重要になるだろう。

図1 労働移動手段の多様化例

図1

教育改革を含めた官民一体の仕掛けが必要

企業にとっても、人材にとっても、実用的な労働移動の選択肢が多様化し、拡張していくと、人材確保の手段に影響が出ることが予想される。新卒採用、中途採用の他に出向(あるいは副業、兼業)という選択肢が身近になるため、採用の必要性が相対的に減る。特に、一定期間の育成を伴う新卒採用は影響を受けるだろう。

このような社会の動きを受けて、学生をはじめとした求職者の就職事情、もっと言うと教育側にも時代と社会に合った変革が求められることになる。そこまで波及してようやく社会全体での人材ポートフォリオのミスマッチ解消が現実味を帯びていくことになるだろう。

このような変化はすぐに来るかもしれないし、来ないかもしれない。ただ、必ず波はやってくる。一企業や一人の人材では決して解決できないほどに大きな課題であるため、官民一体となった社会全体での準備をしていく必要があると感じる。図2ではやや長めの時間軸でそれぞれが効果を発揮しているタイミングを記載しているが、これをもっと早めないと日本の産業競争力の成長が鈍化してしまう恐れがある。すぐに社会全体が動くことは困難だが、企業による準備と取り組みを重ねていくことで大きな波が起こることになるだろう。また、第3波として記載した教育改革が効果を発揮するには高校、大学を対象とした場合に7年がかかることになるため、実は時間的余裕はなく、今すぐに着手する必要があると思われる。

図2 筆者の考える官民一体となったミスマッチ解消シナリオ

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