次世代リーダーの芽を摘む合理的判断の罠 「過去の正解」で見極める組織はAIに淘汰される

2026年8月20日

みずほ総合研究所 ヒューマンキャピタルコンサルティング部

牛坂 英伸

※みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称です。

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「面白い提案だが、この新商品に全社のリソースを集中投下して大丈夫か。本当に売れ続けるポテンシャルがあるのか、もっと確実なデータが出るまで見極めたい」――。

テレビドラマの経営会議のシーンなどで、保守的な役員が主人公の斬新な挑戦にブレーキをかける時によく出てくるセリフである。視聴者の目には、過去の成功体験に縛られた役員の保守的な姿勢が嘲笑の対象として映るだろう。ところが現実のビジネスの現場、とりわけ人事の世界においては、これと同じ構図が未だにまかり通っているのである。

1. 最新マーケティング論が示唆する「見極め」の罪

新商品の開発といえば、これまで「千三つ(千に三つしか成功しない)」といった、運や市況に委ねる文脈で語られることが少なくなかった。しかし最新のマーケティング研究によれば、「ヒット商品にあって失敗商品にないもの。それは初期の運ではなく、第2四半期からのリピート成長に向けたリソース投入=経営のコミット」だと言われている*1

しかし現実には、多くの経営層は追加投資を一時凍結して静観の姿勢をとってしまう。限られた広告・販促費を一つの商品に重点配分することは、他の商品の可能性を潰してしまうリスクと、既存の主力商品を担う部署に波風を立てるリスクの両方を意味するからだ。だからこそ、確実なデータが揃うまで初動のポテンシャルを見極めようとするのは、極めて合理的な判断とも言える。

だが、企業が決断を渋っている空白期間に、消費者は新商品の存在をあっさりと忘れ去ってしまう。その商品が本来持っていたはずの「市場に定着するポテンシャル」は、初動の成否ではなく、皮肉なことに経営者の全体を慮った合理的な判断そのものによって消失していくのである。

そして、このマーケティングにおける「見極めによるポテンシャルの枯渇」という現象は、現在の日本企業のリーダー育成の現場においても、同じ構図で深刻な事態を引き起こしている。

2. 人事の世界における合理的な判断の罠

生成AIをはじめとするテクノロジーの進化により、ビジネスの前提は根本から覆りつつある。これまで人間が担ってきた「過去の膨大なデータから規則性を見出し、限られたリソースを最適配分し、組織の摩擦を避けながら“失敗確率の低い確からしい解”を導き出す」という作業は、もはやAIの独壇場である。そして、過去のデータに基づく「確からしさ」に依存する企業は、遠からず淘汰される運命にある。

だからこそ企業は、過去の学習データからは導けない非連続な成長をもたらす「変革を牽引する次世代リーダー」をかつてないほど渇望している。しかし、多くの日本企業の人事は、依然としてこれまでの「見極め」のメカニズムから脱却できていない。

突出した成果や異端の素質を示す若手が現れても、経営層や人事は思い切った抜擢(投資)を躊躇する。「彼一人のために重要なポストや予算を重点配分すると、他の優秀な人材のチャンスを潰してしまう。それに、特例は組織の和を乱す。誰もが納得する確実なデータが揃うまで見極めよう」というわけである。

公平で合理的な判断ではある。しかし、会社が合理的な判断材料が揃うまで静観している間に、人のポテンシャルは急速に摩耗していく。せっかくの優秀な人材は「ここでは突き抜けた成果を出しても、全体のバランスや和を重んじる名目でチャンスは回ってこない」と学習する。

その結果、彼らが本来持っていた既存の枠組みを壊す熱量・新しい価値を生み出す鮮烈な感性は、周囲の平均的な集団へと同化していく。「確からしさ」を見極め、バランスを保っている間に、自らの手で未来のリーダーの芽を摘み取っているのである。

3. 成功のパラドックス

なぜ、日本企業は人事においてこのような罠に陥ってしまうのか。その根底には「マネジメント」と「リーダーシップ」の混同と、前者への過度な偏重がある。

「限られたリソースを最適配分し、他の可能性を潰さないように全体最適を図りつつ、組織を摩擦なく回す」という思考そのものが、マネジメントの極致である。マネジメントとは、不確実性を排除し、既存の仕組みを活用して複雑な問題を効率的かつ確実に解決する”技術”だ。

ここで注意すべきは、企業が成長し、マネジメントの仕組みが高度化・洗練されるほど、皮肉なことにその精緻な仕組みが次なる挑戦の足枷となる。これが「成功のパラドックス」である。高度に完成された仕組みは、リソースの過度な集中や、それに伴う波風や失敗を徹底的に排除しようとするからだ。

そして、このパラドックスの行き着く先――すなわち過去のデータから不確実性と摩擦を排除し、最適解を導き出す作業――は、まさに「AIが最も得意とする領域」である。

一方でリーダーシップとは、過去のデータが存在しない不確実性の海に飛び込み、他の選択肢を捨て、社内の軋轢や失敗のリスクを背負ってでも既存の仕組みを「破壊」し、一点突破で新たな価値を創造する”力”である。これは、過去の延長線上にない未来を創る、人間にしか担えない領域だ。本来全く役割が異なるはずのこの2つを、高度化されたマネジメントの評価軸で測ってしまうと、次世代リーダーの芽は発掘されないまま排除されてしまう。

4. 人間にしかできない「非連続な飛躍」を組織に組み込む予防策

既存事業を回して利益を生むためには、最適配分と調和を担う強固なマネジメントも必須である。問題は、次代のリーダーを育成しようとする企業が、人間にしか生み出せない強烈なポテンシャルを引き出すための「別の回路」を組織内にどう再構築するかだ。

(1)投資の設計

リーダーのポテンシャルは「過去のデータから静的に測定可能なもの」ではない。それは、適切なタイミングでの思い切った抜擢という強い熱量を与えられて初めて顕在化する。「他の可能性を潰すかもしれない」「和を乱すかもしれない」という全体最適と調和の呪縛を捨て、「5割の勝算(素質)」が見えた段階で、先行して非連続な投資を行う決断が不可欠だ。

(2)失敗の設計

AIは過去のデータから失敗を回避するが、人間は失敗から非連続な未来を学習する。既存の仕組みを壊すことによる短期的な非効率や摩擦を許容し、致命傷としないための明確な基準や、再挑戦を促すセーフティネットを組織内に組み込む必要がある。

(3)評価の設計

マネジメント基準(リソース配分の公平性や、和を乱していないか)とは完全に切り離し、次世代リーダー候補には「既存を疑い、自ら挑戦の舞台を設定したか」を問う評価軸を新設すべきだ。現場のマネージャーがこれら2つの異なる基準を混同せず運用できるようなマインドセットの変革も求められる。

(4)権限の設計

見極めの期間を設けず抜擢を行うということは、本人の現在の実績をはるかに超える裁量を与えることを意味する。本人が迷いなくリスクテイクできるだけの十分な権限付与と強力な後ろ盾は、企業の責任であるとともに、自社の非連続な成長を支える必須条件となる。

5. 警鐘:変化は一瞬、育成には途方もない時間がかかる

次代を担うリーダーのポテンシャルとは決して「他の人材と比較し、過去の実績データによって証明されるもの」ではない。「全体最適」や「組織の和」という言葉は、時に痛みを伴う決断を避けるための優しい言い訳として機能してしまう。

最後に、日本企業の経営者および人事担当者に強い警鐘を鳴らしたい。

AIの進化によるビジネスモデルの崩壊や、市場環境の非連続な「変化」は、明日、一瞬にして起こり得る。しかし、その激変を生き抜き、新たな価値を創造できる「リーダーの育成」には、数年、あるいは十数年という途方もない時間がかかるのだ。未知の領域で大きな権限を持ち、挑戦と失敗のヒリヒリするような経験を積まなければ、真のリーダーシップは決して育たない。

「過去の確からしいデータが揃うまで見極めよう」と悠長に構えている組織は、変化が起きたその瞬間に、手遅れになっていることに気づくだろう。過去の学習で形成されるAIがビジネスの前提を塗り替えていく時代だからこそ、企業は「過去の確からしさ」や「波風の立たない調和」への固執から今すぐ脱却しなければならない。

自らの手で未来のリーダーを「創り出す」覚悟を持てない組織から、静かに、そして確実に淘汰されていくのである。

引用文献

  1. *1
    芹澤連(2023)『戦略ごっこ マーケティング以前の問題』日経BP

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