日本の食品安全上の規制の枠組み~精密発酵に関する食品衛生法上の扱いを整理する~(第2回) 精密発酵と食品安全

2026年6月19日

みずほ総合研究所 サステナビリティコンサルティング部

中元 昌広

※みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称です。

第1回では「精密発酵」という新しい発酵技術とその可能性について概説した。第2回では「精密発酵」が日本の食品安全上の規制の中でどのように位置づけられるかを確認していきたい。

1. 食品安全行政におけるリスクアナリシスの枠組み

日本の食品安全行政はリスクアナリシスの枠組を採用している。この枠組はリスク評価・リスク管理・リスクコミュニケーションの3要素から成り、これらが相互に作用することによって、より良い成果が得られることが期待されている*1(図表1、図表2)。

図表1 食品安全行政におけるリスクアナリシスの概要

図表1

内閣府食品安全委員会の公表情報をもとに、みずほ総合研究所が作成
(みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称です。)

図表2 リスクアナリシスの枠組みの3要素

要素 説明 関係機関
リスク評価 食品に含まれるハザードの摂取(ばく露)によるヒトの健康に対するリスクを、ハザードの特性等を考慮しつつ、付随する不確実性を踏まえて、科学的に評価すること 食品安全委員会
リスク管理 全ての関係者と協議しながら、技術的な実行可能性、費用対効果、リスク評価結果等の様々な事項を考慮した上で、リスクを低減するために適切な政策・措置(規格や基準の設定、低減対策の策定・普及啓発等)について、科学的な妥当性をもって検討・実施すること 消費者庁
厚生労働省
農林水産省
リスクコミュニケーション リスクアナリシスの全過程において、リスクやリスクに関連する要因などについて、一般市民(消費者、消費者団体)、行政(リスク管理機関、リスク評価機関)、メディア、事業者(一次生産者、製造業者、流通業者、業界団体など)、専門家(研究者、研究・教育機関、医療機関など)といった関係者(ステークホルダー)がそれぞれの立場から相互に情報や意見を交換すること。

日本ではリスク評価は食品安全委員会、リスク管理は消費者庁、厚生労働省、農林水産省等が担当官庁であり、これらの機関の典型的な相互作用は「諮問・答申」の関係に見られる。即ち、

①リスク管理機関はリスク低減のための政策・措置(規格基準設定等)に関して、食品安全委員会にリスク評価を要請する。

②食品安全委員会はリスクを科学的・中立公正に評価し、リスク管理機関に結果を通知する。

である。その上で、リスク管理機関は規格基準設定等の規制を措置する。
このように、原則的には、規制と評価は両輪の関係にあるので、日本の食品安全上の規制動向を把握する際には、リスク管理機関とリスク評価機関の両方に目を配る必要がある。精密発酵の文脈では特に、食品衛生法(消費者庁)と評価方法(食品安全委員会)が重要である。

2. 食品衛生法

食品衛生法の法令体系においては「精密発酵」は定義されていない。従って、「精密発酵」という領域に特化した規制体系は存在しない。しかし、それは全く規制がないということではない。「精密発酵」とは表現されていないが、その特徴に照らすと現行法令で既に措置されている点があることから、注意が必要である。

まず、一般規定としては食品衛生法第6条(販売を禁止される食品及び添加物)や第7条(新開発食品の販売禁止)がある(図表3)*2。これらは精密発酵だけではなく、一般に妥当する規制である。

第6条は有毒・有害物質を含有等するものや、病原微生物により汚染されたもの等に関する販売・製造等規制である。第7条は一般に飲食に供されることがなかった物や、通常の方法と著しく異なる方法により飲食に供されているものに関する販売規制である。

精密発酵で得られる食品成分が、従来は動物や植物から得ていた成分であり、それが通常の方法で飲食に供されている場合は、第7条の適用は考えにくい。いずれにしても危害要因の含有状況や、製造しようとする成分及び提供方法の新規性には注意が必要である。

図表3 食品衛生法(関係部分抜粋)

第6条 次に掲げる食品又は添加物は、これを販売し(不特定又は多数の者に授与する販売以外の場合を含む。以下同じ。)、又は販売の用に供するために、採取し、製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならない。
一 腐敗し、若しくは変敗したもの又は未熟であるもの。ただし、一般に人の健康を損なうおそれがなく飲食に適すると認められているものは、この限りでない。
二 有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるもの。ただし、人の健康を損なうおそれがない場合として厚生労働大臣が定める場合においては、この限りでない。
三 病原微生物により汚染され、又はその疑いがあり、人の健康を損なうおそれがあるもの。
四 不潔、異物の混入又は添加その他の事由により、人の健康を損なうおそれがあるもの。

第7条 厚生労働大臣は、一般に飲食に供されることがなかつた物であつて人の健康を損なうおそれがない旨の確証がないもの又はこれを含む物が新たに食品として販売され、又は販売されることとなつた場合において、食品衛生上の危害の発生を防止するため必要があると認めるときは、厚生科学審議会の意見を聴いて、それらの物を食品として販売することを禁止することができる。
2 厚生労働大臣は、一般に食品として飲食に供されている物であつて当該物の通常の方法と著しく異なる方法により飲食に供されているものについて、人の健康を損なうおそれがない旨の確証がなく、食品衛生上の危害の発生を防止するため必要があると認めるときは、厚生科学審議会の意見を聴いて、その物を食品として販売することを禁止することができる。
3 厚生労働大臣は、食品によるものと疑われる人の健康に係る重大な被害が生じた場合において、当該被害の態様からみて当該食品に当該被害を生ずるおそれのある一般に飲食に供されることがなかつた物が含まれていることが疑われる場合において、食品衛生上の危害の発生を防止するため必要があると認めるときは、厚生科学審議会の意見を聴いて、その食品を販売することを禁止することができる。

また、精密発酵で得られる成分を食品添加物として使用する場合は、「食品、添加物等の規格基準(以下「規格基準告示」という。)」の「第2 添加物」や、食品添加物公定書の規格基準に適合している必要がある*3*4

精密発酵にとって、より実際的なものは、遺伝子工学ツールの活用に関連する規制である。

組換えDNA技術を用いる場合は、規格基準告示の関連規定*5に従う(図表4)。食品又は添加物が組換えDNA技術によって得られた微生物を利用して製造された物である場合、成分規格としては安全性審査の手続きを経た旨の公表がなされたものでなければならず、製造基準としては厚生労働大臣が定める基準に適合する旨の確認を得た方法で行わなければならない。前者の安全性審査の手続きを経る際に、食品安全委員会によるリスク評価が実施される。

図表4 食品、添加物等の規格基準(関係部分抜粋)

第1 食品
A 食品一般の成分規格
3 食品が組換えDNA技術によって得られた微生物を利用して製造された物であり、又は当該物を含む場合は、当該物は、厚生労働大臣が定める安全性審査の手続を経た旨の公表がなされたものでなければならない。

B 食品一般の製造、加工及び調理基準
6 組換えDNA技術によって得られた微生物を利用して食品を製造する場合は、厚生労働大臣が定める基準に適合する旨の確認を得た方法で行わなければならない。

第2 添加物
D 成分規格・保存基準各条
成分規格・保存基準が定められている添加物は、当該成分規格・保存基準に適合しなければならない。
添加物が組換えDNA技術によって得られた生物を利用して製造された物である場合には、当該物は、厚生労働大臣が定める安全性審査の手続を経た旨の公表がなされたものでなければならない。当該安全性審査の手続を経た旨の公表がなされた酵素については、当該酵素の定義の基原に係る規定を適用しない。

E 製造基準 添加物一般 3. 組換えDNA技術によって得られた微生物を利用して食品を製造する場合は、厚生労働大臣が定める基準に適合する旨の確認を得た方法で行わなければならない。

ゲノム編集技術を用いる場合は、組換えDNA技術を用いた場合とは別整理となり、「ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領」*6に従う。基本的には事前相談を踏まえた届出制(〔注〕届出先は、文書上は厚生労働省であるが現消費者庁)であり、上記の安全性審査の手続きは必須ではない。しかし、最終的に、外来の遺伝子又はその一部を含む場合は、組換えDNA技術に該当するものとされ、安全性審査の手続きを経る必要がある。また、新開発食品調査部会遺伝子組換え食品等調査会における確認の過程で必要であると判断された場合は、食品安全委員会に諮問し、その答申結果を踏まえて取扱いを決定するとされる。

精密発酵では、従来は動物や植物から得ていた成分を微生物に生産させる点に重要な特徴があることから、その主要事例は外来の遺伝子又はその一部を含む場合であると想定され、基本的には組換えDNA技術が用いられると考えられる。(参考までではあるが、ゲノム編集技術によって得られた微生物を利用して製造された食品又は添加物に関する届出は、執筆時点(2026年4月)では確認されない*7。)よってこの場合、上市に際しては規格基準告示の組換えDNA技術に係る規定に則り、安全性審査の手続きを経る必要がある。

3. まとめ

日本の食品安全行政におけるリスクアナリシスの枠組みでは、リスク管理とリスク評価が機能的に分離している。精密発酵の文脈では、リスク管理において重要なのは食品衛生法である。食品衛生法では「精密発酵」は定義されておらず、「精密発酵」という領域に特化した規制体系は存在しないが、その特徴に照らすと現行法令で既に規制されている点がある。特に、組換えDNA技術を用いる場合は安全性審査の手続きを経る必要があり、リスク評価が必要である。

リスク評価は食品安全委員会が実施することから、第3回ではその評価方法の整備状況について確認していく。

  1. *1
    内閣府食品安全委員会. 食品の安全性に関する用語集.
    https://www.fsc.go.jp/yougoshu/kensaku_analysis.html
  2. *2
    食品衛生法(昭和23年法律第233号)
    https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000233/
  3. *3
  4. *4
  5. *5
  6. *6
    ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領(令和元年9月19日:最終改正令和2年12月23日大臣官房生活衛生・食品安全審議官決定)
    https://www.caa.go.jp/policies/policy/standards_evaluation/bio/genome_edited_food/assets/000709708.pdf(PDF/146KB)
  7. *7
    消費者庁. ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領に基づき届出された食品及び添加物一覧.
    https://www.caa.go.jp/policies/policy/standards_evaluation/bio/genome_edited_food/list

当記事の内容は執筆時点の情報に基づくものであり、その正確性・完全性・最新性を当社が保証するものではありません。閲覧者の判断と責任にてご利用ください。

(CONTACT)

お問い合わせ

お問い合わせは個人情報のお取扱いについてをご参照いただき、同意のうえ、以下のメールアドレスまでご連絡ください。

サービスに関するお問い合わせはこちら

メール内にご希望のサービス名の記載をお願いします。
mhricon-service-info@mizuho-rt.co.jp

その他のお問い合わせはこちら

mhricon-info@mizuho-rt.co.jp

採用情報について

採用情報はこちらから

MORE INFORMATION