フードテックを支える精密発酵とは(第1回) 精密発酵と食品安全
2026年6月19日
みずほ総合研究所 サステナビリティコンサルティング部
中元 昌広
※みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称です。
古来、発酵は、微生物の作用を利用した食品の製造技術として使われてきた。発酵によって得られる食品には、味噌、醤油、かつお節、チーズ、ヨーグルト、漬物、お酒等があるが、その例は洋の東西にわたって枚挙にいとまがない。発酵技術は人類の食生活・食文化に深く広く根ざしており、その有用性は改めて言うまでもないだろう*1*2。
近年、発酵に関して「精密発酵(Presision fermentaion)」という新しい技術の研究開発・応用が進んでいる。これは端的に言えば、微生物を利用して、特定の成分を狙って効率的に生産する発酵技術である。発酵で広くイメージされる典型的な製造単位は「食品」であるが、精密発酵で想定される製造単位は「食品成分」である。その例としては、タンパク質、脂質・脂肪酸、オリゴ糖、ビタミン、色素、香料等があり、従来は動物や植物から得ていた成分を微生物から得ることができる(図表1)*3。なお、伝統的な発酵では、食品に微生物を加えて発酵食品を得る(例:牛乳に乳酸菌を加えてヨーグルトを作る)が、精密発酵では、糖や栄養を含む培養培地を用いてバイオリアクター内で微生物を増殖させ、その微生物中に蓄積する又は培地中に排出される食品成分を得るものである。
図表1 精密発酵により得られる食品成分の例
| 種類 | 代表例 | 用途・機能等 | |
|---|---|---|---|
| タンパク質 | 乳タンパク質 | β-ラクトグロブリン カゼイン ラクトフェリン |
代替乳、アイス・チーズ原料、飲料 |
| 卵白タンパク質 | オボアルブミン オボムコイド |
菓子・加工食品、構造形成、起泡・乳化 | |
| 筋肉・構造タンパク質 | コラーゲン ミオグロビン |
代替肉、構造形成、風味・着色 | |
| ヘム含有タンパク質 | 大豆レグヘモグロビン | 代替肉、風味・着色 | |
| 甘味タンパク質 | ソーマチン ブラゼイン モネリン |
飲料、菓子、甘味料 | |
| 脂質・脂肪酸 | 各種脂質・脂肪酸 (動物脂肪に類似の組成・風味等) |
代替肉、風味 | |
| オリゴ糖 | ヒト同一ミルクオリゴ糖 (Human-identical Milk Oligosaccharides :HiMOs) |
2'-フコシルラクトース(2’-FL) ラクト-N-ネオテトラオース(LNnT) |
乳児用食品 |
| ビタミン | 各種ビタミン | 栄養強化、添加物 | |
| 色素 | リコピン β-カロテン カルミン酸 |
加工食品、着色 | |
| 香料 | リモネン バニリン フムロン |
飲料、菓子、風味 | |
FAOの文献(Sturme, M. et al.(2025))をもとに、みずほ総合研究所が作成
(みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称です。)
このような特徴を背景に、持続可能な食料安全保障の確保、消費者の多様なニーズへの対応、食品産業の発展等の多面にわたる展開が期待される。
例えば、食料の安定供給に対する懸念材料には、気候変動等による食料生産の不安定化、動物性タンパク質の生産に伴う環境負荷の増大等がある。これに対して精密発酵は、気候変動等による影響を受けにくく、土地利用、温室効果ガス排出等の側面で環境負荷が低い生産方法であると想定されることから、安定的で持続的な食料供給に資する。
また、食品に関する消費者の多様なニーズの中には、動物福祉への配慮から非動物性の食品を選択したい、健康への配慮から特定の機能性成分や栄養成分を含む食品を選択したい等がある。これに対して精密発酵は、動物を使用しない生産方法であり、また、機能性成分等を含め狙った食品成分を効率的に生産できることから、ニーズに応じた成分を含む食品へのアクセスの機会を増やすことができる。
さらに、今後の食品産業の発展にも寄与すると考えられる。精密発酵はフードテック分野の一部であるが、フードテック分野の新規食品(非動物由来タンパク食品等)の世界全体の市場規模は2040年に29兆円(2025年は4.4兆円)が見込まれている。日本政府においても、日本成長戦略会議(2025年11月)が示した17の戦略分野に「フードテック」があげられている。同会議戦略分野分科会(2026年4月)は、2040年にかけてフードテック分野の新規食品の国内外市場の売上3兆円を目指すとし、講じるべき政策パッケージとして国内投資支援、需要創出・市場確保・社会実装支援等を挙げている。現在、フードテックワーキンググループがとりまとめへ向けて具体的な検討を進めている*4*5*6。「精密発酵」もこのような分野における具体的な取組みとして注目することができる。
「精密発酵」は用語としては比較的新しいものであり、国際的に統一された定義はない。しかし、各種文献の定義からはいくつかの共通する重要な特徴があるとされ*3、端的には「遺伝子工学ツールの活用」「微生物の使用」「食品成分の生産工程」「高度な精製」に整理できる(図表 2)。遺伝子工学ツールの活用の要否には立場に違いがあることも指摘されているが、従来は動物や植物から得ていた成分を微生物に生産させることに照らすと、精密発酵にとって遺伝子工学ツールは重要な技術であり、特に組換えDNA技術は有力かつ強力な技術である。
図表2 精密発酵の特徴
| 特徴 | 備考 | |
|---|---|---|
| 遺伝子工学ツールの活用 |
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|
| 微生物の使用 |
|
|
| 食品成分の生産工程 |
|
|
| 高度な精製 |
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— |
FAOの文献(Sturme, M. et al.(2025))をもとにみずほ総合研究所が作成
精密発酵の今後の社会実装が期待される一方、従来とは異なる方法で食品成分を微生物に生産させることには懸念要素もあり、その一つに食品安全上のリスクが想定される。食品安全は社会的にセンシティブな関心が寄せられる領域である。食品安全の確保・担保なき社会実装はあり得ないが、見方を変えれば、社会的に担保できる枠組みの存在は社会実装を後押しすると言える。
そのような視点で見たときに、現在の日本の食品安全上の規制の枠組みにおいて、精密発酵の社会実装に向けてどのように食品安全の確保・担保を行う可能性があるかを確認することは有益である。なお、海外では精密発酵に関するスタートアップが多く存在する一方、日本ではスタートアップが確認できていないとする報告もあり*7、日本におけるフードテックの推進・振興に際して、食品安全上の規制の枠組みの理解は重要である。このような問題意識に立ち、第2回では精密発酵という新しい技術について、日本の食品安全上の規制の枠組において、どのようにその安全性の確保・担保を行う可能性があるのかを確認していく。
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*1
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*2一般社団法人日本発酵文化協会. 発酵について.
https://hakkou.or.jp/about/farmentation/ -
*3Sturme, M., van der Berg, J. P., & Kleter, G.(2025). Precision fermentation – With a focus on food safety. FAO.
https://doi.org/10.4060/cd4448en -
*4内閣官房. 日本成長戦略会議(第1回:令和7年11月10日). 総合経済対策に盛り込むべき重点施策.
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/kaigi/dai1/juutensesaku_set.pdf(PDF/314KB) -
*5内閣官房. 日本成長戦略会議戦略分野検討会(第3回:令和8年4月16日)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/senryaku/dai3/gijishidai.html -
*6農林水産省. フードテックワーキンググループ.
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/foodtech.html -
*7坂元 雄二.(2024). Precision fermentationによる代替食品製造技術の現在(いま). 生物工学会誌, 102(8), 387–390.
https://doi.org/10.34565/seibutsukogaku.102.8_387
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