EU CBAMを理解する ―【後編】実績値算定に向けた実務対応―

2026年6月10日

サステナビリティコンサルティング部

田村 崇明
金池 綾夏

はじめに

前編では、最新のCBAM関連規則の概要と制度対応上の主要論点を解説した。EU向けの輸出製品を生産する日本企業にとって、製品の生産時に発生する体化排出量をどのように算定し、報告に反映するかという点が特に重要となる。CBAMでは、EUへの報告に際して、生産者が算定する実績値と、EUが定めるデフォルト値のいずれかが用いられる。当面は、体制未整備等を理由に実績値の算定を見送る生産者も一定数いると考えられるが、自社製品のコスト競争力を維持するためにも、将来的には実績値の算定を検討することが望ましい。

そこで後編では、これから具体的な実務対応に着手する企業担当者に向けて、実績値の算定にあたり必要となる対応について解説する。具体的には、生産者に求められる提出書類や排出量の算定時に留意すべきポイントを整理するとともに、対応を早期かつ計画的に進めることの重要性について述べる。

実績値の算定にあたり生産者に求められる提出書類

実績値の算定を行うには、自社で体化排出量を算定するだけでなく、その算定方法がCBAM関連規則の要求を満たしていることについて、検証機関による検証を受ける必要がある。検証を受けるにあたり、EU向けの輸出製品を生産する生産者には、モニタリングプランと排出量報告書の作成が求められる。以下では、これらの提出書類の概要を解説する。

①モニタリングプラン

モニタリングプランとは、各社におけるCBAM対象製品の体化排出量(embedded emissions)の算定ルールを記載した文書であり、CBAM対象製品を生産する施設ごとに英語で作成する必要がある。体化排出量は、原則として自社の生産プロセスから直接出る直接排出量と、使用した電力の発電に由来する間接排出量の合計として計算される。なお、他社から購入した原材料の扱い等詳細な算定範囲は後段で解説する。

モニタリングプランには、燃料や電力の消費量を生産プロセスごとに把握したうえで、CBAM関連規則が求める事項(各製品の体化排出量の算定方法や算定に用いる排出係数の根拠等)を漏れなく記載する必要がある*1。これらの内容は、自社の生産プロセスやデータ管理体制を踏まえて決定する必要があり、社内での方針検討に相応の時間を要する可能性がある。

ここで留意すべきは、作成したモニタリングプランが規則の要求を満たしていない場合、その内容に基づいて作成した排出量報告書も、検証機関による検証に合格できない可能性がある点である。こうした手戻りを防ぐためにも、モニタリングプランの作成初期から検証機関によるレビューを受け、算定期間の開始前までに妥当性を確認しておくことが望ましい。ただし、検証機関には独立性と公平性が求められており、モニタリングプランの不備を指摘することはできても、改善に向けた助言や作成支援を行うことは規則上認められていない*2。したがって、作成にあたって支援が必要な場合には、外部の専門機関による支援サービスを活用することも有効な手段となる。

②排出量報告書

生産者に求められるもう一つの提出書類が排出量報告書である。これは、前述のモニタリングプランに基づき、毎年1月1日から12月31日までの暦年(以下、算定期間)における製品ごとの体化排出量の実績を取りまとめた文書である。モニタリングプランと同様に、対象製品を生産する施設ごとに英語で作成する必要がある。また、検証機関向けの報告書本体に加え、輸入業者に開示するための要約版も作成しなければならない。

排出量報告書には、施設全体の総排出量や製品ごとの体化排出量に加え、同一施設で生産される非CBAM対象製品の生産量等、算定の妥当性を裏付ける幅広い情報の記載が求められる*1。特に実務上のハードルとなるのが、他社から購入した前駆物質(precursors)に関する体化排出量データの収集である。前編でも述べたとおり、前駆物質とは製品の生産に投入される材料のうち、それ自体がCBAMの対象となる原材料のことを指す。前駆物質の体化排出量が実績値に基づくものかどうか、また生産地がどこかといった詳細な情報を、製品ごとに収集・報告する必要がある。加えて、施設全体の総排出量を、EUが貿易に際して用いる品目分類に基づく8桁のコード(CNコード)ごとに配分することも求められる。このように、排出量報告書の作成には、単なる社内データの集計にとどまらず、サプライチェーン全体を巻き込んだ情報管理と緻密な計算が必要となる。なお、前駆物質に関する体化排出量の具体的な算定方法については、後段の「排出量の算定にあたって留意すべきポイント」で詳しく解説する。

排出量の算定にあたって留意すべきポイント

EU向けの輸出製品を生産する生産者が、製品の体化排出量を算定するにあたっては、「どこまでを算定対象とするか」というバウンダリーの考え方と、「製品ごとの排出量をどのように算出するか」という計算方法の二点を押さえる必要がある。

①体化排出量のバウンダリーの考え方

製品の体化排出量は、前段で触れた直接排出量、間接排出量に加え、前駆物質を使用している場合にはその体化排出量を合算して算定される。なお、間接排出量については鉄鋼、アルミニウム、水素および電力は算定対象外とされている。

直接排出量の算定対象となる工程は、集約産品カテゴリ(Aggregated goods categories)ごとに定義されている。集約産品カテゴリとは、性質やプロセスが類似する製品を一定の単位でまとめた区分であり、部門(鉄鋼、セメント等)を大分類、個別の製品(CNコード)を小分類とした場合の中分類(鉄鋼の場合、粗鋼や鉄鋼製品など)に当たる。

ここで特に留意すべきは前駆物質を他社から購入している場合である。この場合、前駆物質の体化排出量の実績値を購入先から受領する必要がある。協力が得られない等の理由により、仮に実績値を入手できない場合には、デフォルト値の使用が認められている。図表1は、前駆物質である粗鋼を他社から購入し、自社で加工して鉄鋼製品を生産する企業における体化排出量の算定の考え方を示したものである。鉄鋼製品の体化排出量を算定するには、自社の鉄鋼製品の加工工程から生じる体化排出量に加え、前駆物質である粗鋼の体化排出量を合計する必要がある。CBAMの対象となるCNコードの一覧や算定対象となるプロセスは規則によって定められている。そのため、自社の製品や生産プロセスを規則と突合することが、体化排出量算定の第一歩となる。

図表1 粗鋼を他社から購入して鉄鋼製品を生産する場合の体化排出量のバウンダリー

図表1

(出典)排出量算定に関わるCBAM関連規則*1を基にみずほ総合研究所作成

②製品ごとの体化排出量を計算する方法

製品ごとの体化排出量を計算するには、まず、集約産品カテゴリに起因する体化排出量を算定し、次に集約産品カテゴリ内で、熱・電力の使用量や製品の生産量(トン等)を基準として製品ごとに割り振る。なお、集約産品カテゴリ内でCBAM対象外の製品を生産している場合には、当該製品に由来する体化排出量は算定対象から除外する。そのうえで、各製品の排出量に前駆物質の体化排出量を合算し、製品の生産量(トン等)で除することで、製品単位あたりの最終的な体化排出量が算定される。なお、排出量は同一製品を製造するプロセス全体の平均値として算出される仕組みとなっている。したがって、EUへの輸出製品の生産ラインのみを切り出して体化排出量を算定することや、再生可能エネルギーをEUへの輸出製品に限定して割り当てるといった恣意的な取り扱いは禁止されている。

図表2は、鉄鋼製品を例に、製品単位の体化排出量を算定するフローを示したものである。この算定フローにおいて実務上最も複雑なのが、①の集約産品カテゴリに起因する体化排出量を算定する作業である。原則として集約産品カテゴリごとに個別メーターを設置し、熱や電力の使用量、廃ガス等を直接計測した値に基づき、体化排出量を算定することが求められる。単に流量を計測するだけでなく、温度や圧力を踏まえた熱量換算や日々のガス成分分析も必要となるため、相応に高度なデータ収集・計算体制の整備が必要となる。

なお、規則には、「常に利用可能な最良(=最も正確)なデータソースを用いるべき」との大原則がある。そのため、「計算が煩雑」という理由だけで、生産量比等を用いた代替的な計算方法を安易に用いることは認められていない*1。仮に、個別メーターを設置せずに代替的な計算方法を適用しようとする場合には、「技術的に設置が不可能である」又は「設置コストが著しく高額であり合理的でない」ことを客観的に証明したうえで、その内容をモニタリングプランに記載し、検証機関に妥当性を説明しなければならない。

このように、生産者には、自社施設の生産ラインの現状や個別メーターの追加設置コスト等を総合的に勘案したうえで、規則に適合する最適な算定方針を定めることが求められる。ただし、既に個別メーターを設置している場合であっても、データソースの収集体制がCBAM関連規則の求める精度や粒度といった最低限の基準を満たしていなければ、検証機関による検証に適合しないおそれがあるため、早期の改善が必要である。

図表2 同一施設で粗鋼と鉄鋼製品を生産する生産者の体化排出量の算定フロー

図表2

(出典)排出量算定に関わるCBAM関連規則*1を基にみずほ総合研究所作成

早急かつ計画的な対応の必要性

ここまで見てきた通り、CBAM関連規則が求める実績値による体化排出量の算定は極めて複雑である。「常に利用可能な最良のデータソースを用いる」という大原則のもと、生産者には、複雑なデータ収集・計算体制の構築や、サプライチェーン全体を巻き込んだ情報管理が求められる。

さらに、スケジュール管理の観点からも細心の注意が必要となる。EUの輸入業者がEU当局に申告を行う期限は、算定期間の翌年9月末とされている。そのため、生産者は、輸入業者に対する検証済み排出量報告書の提出期限を早期に確認し、その期日から逆算して対応を進めなければならない。

CBAM対応は自社単独で完結するものではない。サプライチェーンからのデータ収集や、検証機関による検証手続への対応等、外部関係者との連携が不可欠となる。想定外の遅延や手戻りを防ぐためにも、早期かつ計画的に対応を進めることが重要である。

おわりに

CBAM関連規則の詳細かつ厳格な要件を踏まえ、検証機関の求める水準を満たす体制を整備するには、一定の時間と準備が必要となる。円滑な対応のためには、必要に応じて専門機関等の支援も活用しながら、早期かつ計画的に準備を進めることが重要である。

みずほ総合研究所では、CBAM関連規則の理解支援や対応計画の策定といった初期段階のサポートから、排出量算定支援、検証機関対応支援等に至るまで、企業の実務対応を幅広く支援している。CBAM対応に関して課題や疑問があれば、お気軽にご相談いただきたい。

  1. *1
    欧州委員会(2025)「Commission Implementing Regulation (EU) 2025/2547」
  2. *2
    欧州委員会(2025)「Commission Delegated Regulation (EU) 2025/2551」

本レポートは、みずほ総合研究所が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。

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