公的年金財政状況報告の読みどころ

2026年7月9日

みずほ総合研究所 ヒューマンキャピタルコンサルティング部

日下部 健児

※みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称です。

2026年6月、令和6(2024)年度公的年金財政状況報告*1が公表されました。この報告は、社会保障審議会年金数理部会が、公的年金各制度の財政状況について実績の動向等を明らかにし、専門的な観点から横断的に分析・評価を行った結果をとりまとめたものです。

令和6年度の財政収支実績は、同年に公表された財政検証(将来見通し)結果とおおむね整合しつつ、一部指標で中長期ケース想定との差異が生じています。経済前提(物価・賃金動向)が中庸ケース*2に近い推移となる中、被保険者数の増加等により実績は厚生年金・国民年金とも中庸ケースを僅かに上回っており、一方で運用利回りなど一部の指標は想定を下回りました。本稿では、公的年金財政状況報告の読みどころ3点を解説します。

1. 実績と財政検証(将来見通し)との乖離

1点目の読みどころは、令和6年度の実績と財政検証(将来見通し)との間に生じた「乖離(ズレ)」の確認です。年金財政の健全性を測るためには、事前に設定された人口や経済の前提に対して、実際の実績がどのように推移したかを把握することが欠かせません。本章では、物価・賃金、人口・就業要因、そして収支や積立金といった主要な指標について、中庸ケース見通し(中庸的な成長型経済移行・継続ケース)およびベースラインケース見通し(過去30年投影ケース)と実績の比較を解説します。

(1)経済・人口前提における実績と将来見通し

①物価・賃金の動向

消費者物価上昇率は2.7%となり、見通し*32.6%にほぼ合致しました。このように物価上昇率は中庸・ベースラインいずれの想定ともおおむね同水準で推移した一方で、賃金上昇率は総報酬ベースの名目賃金上昇率が2.12%と、見通し2.5%を0.4ポイント下回り、実質賃金上昇率も実績△0.56%と、見通し△0.1%を約0.5ポイント下回りました。これにより実質賃金の伸びが想定を下回る形となっています。

②人口・就業要因

人口要因では出生率・死亡率ともに、長期推計(令和5年将来推計人口)の仮定と大差ない水準に収まりました。合計特殊出生率は1.15と、出生低位ケース(1.12)にほぼ一致し、65歳平均余命は男性19.47年・女性24.38年で、死亡高位仮定値(男性19.50年・女性24.23年)に近い水準です。また、20歳から65歳までの生残率(生存率)は男性90.07%、女性94.78%で、男性は死亡中位と死亡高位の仮定値の中間に位置し、女性は死亡高位仮定値とほぼ同水準でした。

一方、外国人の入国超過数は34.2万人と、将来推計人口の条件付推計の仮定値(25万人)を上回りました。高度外国人材の流入増などにより、実績の労働力人口は推計より増加し、在留外国人の急増も被保険者数増に寄与しています。

③被保険者・受給者数と年金扶養比率

上記人口・経済動向のもと、被保険者数実績は厚生年金計で47.5百万人となり、見通し47.4百万人を0.3%上回りました。国民年金第1号被保険者も実績13.5百万人で見通し13.3百万人を1.2%上回っています。受給者数は、厚生年金計で41.3百万人と見通し41.5百万人を0.5%下回り、基礎年金の受給者数合計も36.5百万人で見通し36.6百万人より0.4%減少しました。これにより受給者ベースの年金扶養比率(被保険者数/老齢・退年相当受給者数)は厚生年金で実績約2.56と見通し2.54を1.0%上回り、基礎年金でも実績1.98と見通し1.96を0.9%上回りました。これは、足元の年金財政の労働力人口による支え手が想定より充実していることを意味します。

(2)収支・財政指標における実績と将来見通し

①保険料収入

公的年金の保険料収入は、厚生年金計で41.8兆円に達し、見通し41.6兆円を0.2兆円上回りました。国民年金勘定の保険料収入も1.34兆円と、見通し1.30兆円を0.04兆円上回りました。この増収要因は想定を上回る被保険者増加(特に短時間労働者・女性や外国人労働者の加入増)と第1号被保険者の保険料納付率の向上によるものと考えられます。

②給付費および財政支出

厚生年金計の実質的な支出(公的年金制度において、保険料収入、運用損益および国庫・公経済負担により賄うことになる支出のこと)は実績52.0兆円と見通し52.4兆円を0.4兆円下回り、国民年金勘定は実績3.58兆円と見通し3.54兆円を0.04兆円上回りました。給付費のみを見ると厚生年金計で実績29.9兆円と見通し30.0兆円から0.1兆円の減少、国民年金勘定も実績0.09兆円で見通し0.09兆円をわずかに下回りました(表記上は0.09兆円で同じ)。老齢年金受給者が想定を下回ったことなどにより支出がやや低減したもので、給付費の実績は中庸ケース見通しとおおむね整合するか若干下振れしています。

③国庫および運用収支

国庫・公経済負担は厚生年金計で実績11.4兆円と見通し11.5兆円より0.2兆円下回った一方、国民年金勘定では1.99兆円と中庸ケース見通し1.97兆円を0.02兆円上回りました。運用損益は令和6(2024)年度において、厚生年金計2.0兆円と中庸ケース見通し15.2兆円を大幅に下回り、国民年金勘定でも0.09兆円と中庸ケース見通し0.74兆円を下回りました。これは令和6年度における国内株式市場の下落や円高等によりGPIF運用収益が想定下限に近い水準に留まったためで、単年度の運用利回り(名目)は厚生年金計0.67%、国民年金勘定0.66%と、ともに中庸ケース見通し5.5%を大きく下回りました。

ただし、令和2~5年度にかけての好調な運用成績(国内外株価上昇等)により、過去5年平均の実質運用利回りでは厚生年金計9.68%・国民年金勘定8.99%となり、財政検証ケース(中庸ケース=0.4%/ベースラインケース=0.9%)に比べ大幅に上回っています。

④積立金および財政指標

時価ベースでみた年度末積立金残高は、厚生年金計304.8兆円と中庸ケース見通し292.5兆円を約4.2%上回り、国民年金勘定の積立金も14.30兆円で、中庸ケース見通し14.08兆円を約1.5%上回りました。その結果、積立比率(前年度末積立金/当年度総合費用*4)は、厚生年金計で実績7.4と見通し6.8を上回り、国民年金勘定では実績9.1と見通し8.7を上回りました。

一方、保険料比率(保険料収入/総合費用)は、厚生年金計で実績約102.8%と見通し101.6%を上回り、国民年金勘定では84.6%と見通し83.1%を上回りました。収支比率(総合費用/(保険料収入+運用損益))は、厚生年金計で実績92.8%と中庸ケース見通し72.1%を上回り、国民年金勘定でも実績111.0%と中庸ケース見通し76.7%を上回りました。収支比率が想定を上回ったのは、運用損益実績の見通しからの下振れ幅が大きかったために「保険料収入+運用収入」の分母が縮小した影響があります。

2. 年金財政の要因分析

2点目の読みどころは、年金財政を変動させる「要因の分析」です。公的年金の財政状況は、物価や賃金といった「経済情勢」と、出生率や労働参加率といった「人口・就労構造」の双方から直接的な影響を受けます。本章では、令和6年度の経済・社会環境の変化が、年金財政に対してどのようなプラス・マイナスの影響をもたらしたのかを解説します。

(1)経済情勢と年金財政

物価上昇率は、実質経済成長率約0.5%の停滞下でも、実績2.7%と見通し2.6%を上回りました。一方、名目賃金上昇率は人手不足下のベースアップ実施にもかかわらず、実績2.12%で見通し2.5%を下回り、実質賃金上昇率も物価高の影響で実績△0.56%と見通し△0.1%を下回りました。それでも被保険者数増加と保険料納付率の改善により、保険料収入は見通しをわずかに上回っています。(関連1.(1)①、(2)①)

一方、積立金運用利回りは短期的に変動が大きく、中庸ケース見通し5.5%を大きく下回りました。このため単年度の運用収支は見通しを下振れしたものの、過去5年平均では実質運用利回り9%前後と高水準を維持しており、長期平均では想定を上回る成果が積立金を押し上げています。(関連1.(2)③)

(2)人口・就労構造の変化

令和6年度は総人口の減少が続く中、女性の就業率向上等により、15歳以上人口の労働力率は、男性では15~24歳、女性では15~19歳、30~49歳および60歳以上で実績が労働参加進展シナリオを上回っており、厚生年金被保険者数が微増しています。また、令和6年度の特徴として外国人労働力の大量流入が挙げられます。外国人入国超過数実績34.2万人は、財政検証ケースの条件付推計の仮定値(25万人)を大きく上回り、被保険者数の増加というプラス要因となりました。

一方、出生率は依然として低迷し1.15にとどまり、将来の被保険者減少リスクが継続しています。65歳平均余命は、男性19.47年・女性24.38年となり、死亡中位の仮定よりは短く死亡高位の仮定に近くなりました。

以上から、令和6年度の年金財政は経済・人口要因においてほぼ財政検証中庸ケースの軌道上に位置する一方、わずかながら有利な寄与(被保険者増)と不利な寄与(賃金伸び悩み)双方の影響が現れ、財政に相殺的な作用をもたらしました。

3. 制度構造の変化に関する考察

3点目の読みどころは、法改正に伴う「制度構造の変化」に関する考察です。公的年金制度では、ライフスタイルの多様化や社会経済の変化に対応し、持続可能性を高めるための改革が順次進められています。本章では、令和7年に成立した年金制度改正法の内容が将来見通しにどのように織り込まれているのか、そして今後の年金財政にどのような改善効果をもたらすのかを解説します。

(1)制度改正事項と財政見通しへの反映

①制度改正の背景

令和7(2025)年6月に成立した「令和7年年金制度改正法(社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律)」により、公的年金制度は今後被用者年金の適用拡大、在職老齢年金の基準見直し、遺族年金要件の変更、標準報酬月額の上限引上げ等、複数の制度構造改革を実施します。

  • 被用者保険の適用拡大等:短時間労働者に係る企業規模要件および賃金要件の撤廃および5人以上個人事業所に係る非適用業種の解消
  • 在職老齢年金制度の見直し:支給停止となる収入基準額を50万円から62万円に引上げ
  • 遺族年金の見直し:18歳未満の子のない20~50代の配偶者を原則5年の有期給付の対象とする、60歳未満の男性を新たに支給対象とする等
  • 標準報酬月額の見直し:上限額を65万円から75万円へ段階的引上げ
  • マクロ経済スライド調整の緩和:2026~2030年度まで報酬比例部分のマクロ経済スライド調整率を3分の1に緩和

これらの改正は財政検証の将来見通しケースに組み込まれており、公的年金財政状況報告の実績評価では、これら改革が実現した場合を織り込んだ「中庸ケース」および「ベースラインケース」との比較を行っていることに留意が必要です。

(2)制度改正の影響と今後の展望

①加入者数・納付率

被用者保険の適用拡大により、今後5~10年で厚生年金の加入者裾野が広がり保険料収入基盤の拡充が期待されます。今回の財政検証ケースにも織り込まれていますが、令和6年度の時点ですでに短時間労働者の実績労働力率は推計を上回り、適用拡大の影響があったものと考えられます。国民年金第1号被保険者については、納付率向上策の強化により令和6(2024)年度実績が想定以上の納付率となり、国民年金収支の改善につながっています。これら制度面の改善策は被保険者の増加と収入改善をもたらし、年金財政にプラスの効果があります。

②給付構造調整

遺族年金・在職老齢年金の見直し等、給付構造の再編も財政長期安定化を目的として実施されます。遺族厚生年金の男性への支給拡大と子のない配偶者への有期給付への移行は、短期的には給付増となる反面、長期的には制度の公平性向上と持続性確保につながります。在職老齢年金の支給停止基準緩和は高齢者の就業インセンティブ強化策であり、長期的に被保険者数と保険料収入の底上げ効果が期待できます。加えて、標準報酬月額上限の引上げは高所得者層の保険料・給付額増加をもたらし、年金財源の強化に資するでしょう。

これらの改革は2025年度以降順次施行され、次回の財政検証(令和11年度実施予定)に向けた財政状況の改善要因となると見込まれます。

4. 総括

令和6(2024)年度の公的年金財政状況は、おおむね令和6年財政検証ケースの将来見通しの範囲内で推移しました。令和6(2024)年度実績は人口・経済前提(労働参加や物価動向)の改善に支えられ財政基盤が強化された一方、長期的なリスクとしては人口減少(特に出生率の低迷)と賃金停滞が懸念されており、引き続き中長期的視点での注視と適切な財政運営が重要といえます。

今後、毎年公表される公的年金財政状況報告により様々な要因の変動を的確に把握しつつ、5年に1度の財政検証に基づく政策対応を実施するというサイクルを継続することで、公的年金制度の持続可能性を確保することが期待されます。

  1. *1
  2. *2
    令和6(2024)年財政検証における令和15(2033)年度までの足下の経済前提については、賃金上昇率や物価上昇率は内閣府が作成した「中長期の経済財政に関する試算」の「成長実現ケース」、「参考ケース」、「ベースラインケース(過去30年投影ケース)」および「ベースラインケース(1人当たりゼロ成長ケース)」に準拠しつつ設定されています。公的年金財政状況報告においては、実績と令和6(2024)年財政検証における将来見通しとの比較の際には、比較対象として、上記4つのケースのうち、参考ケース(中庸的な成長型経済移行・継続ケース)およびベースラインケース(過去30年投影ケース)を例示として扱うものとされています。本レポートにおいて、これらを「中庸ケース」「ベースラインケース」と呼びます。
  3. *3
    単に「見通し」と記載する場合、「中庸ケース」および「ベースラインケース」の両方を指します。
  4. *4
    総合費用とは、実質的な支出から国庫・公経済負担を控除したものです。

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