実現すべき3つの目的と、設計における5つの主要論点 経営戦略と連動した役員報酬制度の設計アプローチ

2026年6月24日

みずほ総合研究所 ヒューマンキャピタルコンサルティング部

今井 正太郎

※みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称です。

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1. 役員報酬制度再構築の背景と問題認識

日本企業を取り巻く経営環境は、海外投資家比率の上昇、コーポレートガバナンス強化、人的資本経営、ESG対応等を背景に複雑化している。これに伴い、役員報酬制度に求められる役割も、単なる処遇や市場水準の調整にとどまらず、経営戦略の実行と企業価値向上を後押しする基盤へと変化している。

近年は、経営人材の獲得・定着、中長期の価値創造、非財務領域の反映等、制度に期待される機能が高度化している。そのため、報酬水準や構成を整えるだけでなく、「何に報いるか」「どのような経営行動を促すか」を自社の戦略と結び付けて設計する必要がある。

したがって、制度再構築にあたっては、外部動向や他社事例を参照しながらも、それらをそのまま取り入れるのではなく、自社の成長戦略、事業特性、経営課題に照らして取捨選択する視点が不可欠である。制度が経営戦略と連動していない場合、報酬制度は形骸化し、経営行動を方向づける機能を十分に発揮できなくなる。

2. 制度再構築により実現すべき3つの目的

目的1:経営人材獲得を見据えた競争力の確保

第一の目的は、経営人材に対する競争力の確保である。後継者育成や外部人材獲得を見据え、基本報酬だけでなく、短期インセンティブ(STI)・長期インセンティブ(LTI)を含む総報酬ベースで市場水準を捉え、役位ごとの職責や期待役割に応じた報酬レンジを設定する必要がある。特に、経営人材の流動性が高まるなかでは、報酬水準が社内均衡のみで決定されている場合、外部市場との乖離により優秀な人材の確保・定着が難しくなる可能性がある。

目的2:中長期の価値創造に向けた経営行動の促進

第二の目的は、中長期の価値創造に向けた経営行動の促進である。短期業績に偏った制度では、投資抑制や過度なリスク回避を招く可能性があるため、短期KPIと中長期KPIを組み合わせ、「中期経営計画→KPI→報酬」の連動構造を明確にすることが重要である。研究開発、人材投資、事業ポートフォリオ転換など、成果が単年度では表れにくいテーマを中長期の評価対象に組み込むことで、経営陣の意思決定を中長期的な企業価値向上へと導きやすくなる。

目的3:ガバナンスの透明性向上と説明責任の強化

第三の目的は、ガバナンスの透明性向上と説明責任の強化である。環境・コンプライアンス・人的資本・ダイバーシティ等の非財務領域は企業価値を支える重要な要素であり、役員の行動変容を促す指標として制度に組み込むことが有効である。ただし、非財務指標は定性的になりやすいため、目的、責任範囲、評価方法を明らかにし、社内外のステークホルダーに対して納得性と説明可能性を担保する必要がある。

以上のように、役員報酬制度は、経営人材の確保、中長期の価値創造、ガバナンス強化を同時に実現する仕組みとして捉えることが重要である。

3. 制度設計上の主要論点とアプローチ

制度設計にあたっては、まず制度目的と設計思想を明らかにする必要がある。役員報酬制度は経営を動かす手段であり、報酬を通じて実現したい方向性を明文化することが出発点となる。例えば、資本効率を重視する企業ではROEやROIC等をLTIの指標に組み込み、新規事業創出を重視する企業では重点投資領域のマイルストーンを評価対象に含めるなど、戦略と報酬を接続する設計が求められる。

論点1:報酬水準の再設定

設計における第一の論点は、報酬水準の再設定である。役位ごとの職務価値、責任範囲、意思決定権限、事業への影響度を整理し、固定報酬・STI・LTIを含む総報酬ベースで目指すべき水準とのギャップを把握することが重要である。この際、同業他社の中央値に合わせるだけでなく、自社が惹きつけたい経営人材や各役位に求める経営責任を踏まえ、戦略的に水準を設定する必要がある。

論点2:報酬構成比率の設計

第二の論点は、報酬構成比率の設計である(図1)。一般的には、基本報酬、STI、LTIの三層構造を前提に、役位が高くなるほど業績連動部分、特にLTIの比率を高める方向が考えられる。ただし、構成比率は他社動向を模倣するのではなく、自社の成長段階、事業特性、資本政策との整合を踏まえて設計する必要がある。

構成比率は「役員に期待する経営行動」を示すものでもある。短期業績への責任を重視する場合はSTIの比率を、事業ポートフォリオ変革や資本効率改善、人的資本投資等へのコミットメントを重視する場合はLTIの比率を高めるなど、経営課題に応じた責任配分として設計する必要がある。

図1 役位別報酬構成比率の設定イメージ

役位別報酬構成比率の設定イメージ図

論点3:KPI設計

第三の論点は、KPI設計である(図2)。STIでは売上、営業利益、部門別目標等、単年度業績や実務遂行に直結する指標を中心に設定する。一方、LTIでは資本効率や株主価値等、中長期の企業価値向上に関わる指標が有効である。非財務KPIは、経営課題との関連性や評価期間を踏まえ、STIまたはLTIのいずれに組み込むかを判断する。

また、KPIは役員が影響を及ぼし得る範囲と対応させる必要がある。全社責任を負う役員には連結業績や資本効率を、事業管掌役員には事業別利益や重点施策の進捗を組み合わせることで、責任と評価の関係を明確にできる。特に、非財務KPIは定義、評価基準、達成水準を明らかにし、恣意性を抑制することが重要である。

図2 KPIの設定イメージ

KPIの設定イメージ図

論点4:業績連動係数の設定

第四の論点は、業績連動係数の設定である(図3および図4)。KPIごとの目標達成度に応じて報酬額がどのように変動するかを明らかにすることで、成果と報酬の関係が可視化される。達成度に応じた係数レンジと上限・下限を設定することで、インセンティブの実効性と報酬ガバナンス上の安定性を両立できる。例えば、目標未達時にも一定の支給を認めるのか、目標超過時にどの程度まで報酬を伸ばすのかによって、経営陣に促すリスクテイクの度合いは大きく変わる。なお、STIとLTIでは評価期間や制度目的が異なるため、係数設計も分けて検討する必要がある。

図3 STIにおける業績連動係数の設定イメージ

STIにおける業績連動係数の設定イメージ図

図4 LTIにおける業績連動係数の設定イメージ

LTIにおける業績連動係数の設定イメージ図

論点5:運用・移行設計

第五の論点は、運用・移行設計である(図5)。STIは会計年度に基づき評価し、翌期に賞与として支給する設計が一般的である。一方、LTIは中期経営計画の最終年度等と連動させ、株式報酬等として設計されるケースが多い。制度改定時には、既存の報酬期待を急激に変化させると役員の納得感を損なう可能性があるため、新制度への移行措置を設け、適用範囲を明らかにすることが重要である。また、途中退任、不祥事、死亡退職等の例外対応についても、あらかじめ規程化しておく必要がある。

さらに、制度の実効性を確保するには、導入後のモニタリングも不可欠である。事業環境の変化によりKPIが適切でなくなる可能性もあるため、毎年度の運用結果を確認し、必要に応じて指標、係数、評価プロセスを見直すことが望ましい。

以上の5つの論点は、個別に検討するものではなく、制度目的と整合させながら一体的に設計することが重要である。報酬水準、構成比率、KPI、係数、運用ルールが同じ設計思想のもとでつながるほど、制度の納得性と実効性は高まる。

図5 移行措置の設定イメージ(2027年度に改定する場合)

移行措置の設定イメージ図

4. 制度再構築に向けた示唆

役員報酬制度の再構築で最も重要なのは、自社の事業戦略や経営課題を踏まえて制度を設計することである。経営戦略と報酬制度が整合してはじめて、役員が取るべき行動と企業が目指す方向性が接続され、制度は実効的なマネジメントツールとして機能する。

一方、外部環境や市場動向への対応を優先するあまり、一般的な制度トレンドに追随するだけでは、自社の理念や文化と制度が乖離し、形骸化するリスクがある。例えば、株式報酬や非財務KPIを導入しても、その目的や評価ロジックが経営戦略と結び付いていなければ、制度は形式的な対応にとどまり、役員の行動変容にはつながりにくい。

制度再構築の本質は「外部動向の模倣」ではなく、「自社の戦略文脈に最適化されたインセンティブ設計」にある。企業価値創造の方向性と報酬制度のロジックが一貫しているほど、役員の意思決定は中長期の価値創造に向かいやすくなる。そのためには、制度設計時だけでなく、運用開始後も継続的に検証し、経営計画や事業環境の変化に応じて見直すことが求められる。報酬制度を戦略実行のアクセルとして位置づけ、理念・文化・戦略と連動させながら磨き込むことが、今後の役員報酬制度に求められるアプローチである。

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