経営者がめざすべき企業のあり方を学ぶ
掲載日:2019年11月22日対談企画
この対談企画では、ビジネスや経営に対する考え方、課題解決に向けた取り組みなどを事業者の方々に伺い、中小企業のお客さまに対し、ビジネスのヒントを提供することを目的としています。
第7回は、中小企業経営論や地域経済論を専門とする経営学者であり、「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者でもある坂本光司氏とみずほ銀行・森井(リテール法人推進部)の対談を行いました。「中小企業の経営」をテーマに、お話いただいた内容をお届けします。
中小企業の経営と向き合うことになったきっかけ
森井:坂本さんは、ずっと「中小企業の経営」に向き合ってこられているわけですが、そもそも中小企業と向き合うことになったきっかけというのは何でしょうか?
坂本氏:大学卒業後公務員になり、中小企業に経営を指導するような部署に配属されました。主に、中小企業の相談に乗ったり、景況調査をすることを仕事としていました。
普通は、「今は忙しいですか?」「資金繰りはどうですか?」「売上は上がっていますか?」「利益は上がっていますか?」「社員は足りていますか?」といった相談の乗り方をするのですが、私は「なぜ社員が多すぎるのですか?」「なぜ売上が減っているのですか?」「なぜ利益が上がらないのですか?」というように、会社の経営に踏み込むような問いかけをしながら相談に乗るように心がけていました。その結果、中小企業の方からどんどん相談を受けるようになりました。当初は分からないことを聞かれると、上司に相談したり、知り合いのコンサルタントに聞いたりしましたが、中々答えを見つけ出すことができなかったので、「自分で中小企業の経営について勉強をしないと仕方ないな」と思うようになりました。自分なりに勉強をした上でアドバイスをすることで、中小企業の方に助かったと喜んでもらえることができ、人生で初めて面白い仕事を見つけたなと思いましたね。様々な相談に乗ることで、逆に私の方が現場の中小企業から経営に関する多くのことを教えていただきました。
色んな本や論文を読んでいた関係で、自分自身でも学会で発表するようになったのですが、37歳のころに書いた本が賞をもらったんです。それがきっかけで大学からスカウトの話があり、38歳くらいの時に学問の世界に進み、中小企業をより専門的に研究するようになりました。
中小企業が目指す姿の転換~業績主義から社員第一主義へ~
森井:中小企業について研究されてきた立場から見た時に、足元の中小企業の実態や課題感について、これまでから変化してきたことや、最近特に感じるところがありましたら教えていただければと思います。
坂本氏:著書にも書いているのですが、中小企業でも大企業でも、「経営の目的は関係する人々を幸せにすることだ」というように私は定義づけています。これは現場から学んだ知見なのですが、私が学生のころには、経営というものは「会社の業績を高める活動」だと教わりましたし、「ライバル企業を打ち負かす為の活動」、「組織を大きくする為の活動」と教わりました。しかし、現場に出てみると、圧倒的多数の中小企業は業績を高めることを目的としていたのですが、そうではない会社も一定数あることに気づきました。業績を高めることを第一に置いていないにも関わらず、業績は全く悪くなく、不況でも業績がぶれることがなかったのです。それらの会社の共通項が「人を大切にする」経営でした。その中でも「社員第一主義」あるいは「社員とその家族第一主義」だと私は言い続けていますが、最近はそのような会社をめざそう、という声が大きくなり、変わってきたなと感じます。昔は、「人を大切にすることが大事だと分かっているが、そんなことを経営者に話さないで欲しい」という反応が多かったのですが、今はこのテーマで講演を依頼されることがほとんどですよ。いかに儲かるか、一番になるかという関心がすごく薄れてきているという意味では変わってきているなと感じます。
また、私は、取引先・仕入先・協力会社・下請け企業の方々の事を「社外社員」と呼んでいますが、彼らについても社員と同じ評価をするべきだと伝えています。つまり、「理不尽な取引はするな」「自分がやってもらいたくないことは取引先にするものじゃない」と言っています。経営者や企業を支援する公的機関の全部ではないですが、皆さん「良い会社とはどういう会社なのか」ということを考え出していますね。業績が高い会社や有名な会社、ブランド力のある会社が良い会社ではない。やはり一番大切にすべきことである「人間の命と生活」を大切にする会社が良い会社であり、そのような会社になろうという会社がとても増えてきているなと肌で感じています。
森井:ありがとうございます。2000年代初頭に米国流株主至上主義が日本でも一瞬是とされかかった時代があると思うのですが、ある意味そこの部分が否定されて、新たな会社像を模索されている中で、今まさに先生が提唱されてきた「人を大切にする」経営が定着してきたといえるのでしょうね。
経営者がやるべき仕事とは
森井:変化の激しい現代において、今後中小企業が直面する課題も様々にあると思いますが、そのような状況でもご示唆いただいたような「人を大切にする」経営を貫けるかどうかが、その企業の存続であったり、その企業が社会において有益であることの証左につながるということなのでしょうか。
坂本氏:そうですね。大企業は違う側面もありますが、中小企業の盛衰は全て「たった一人の人間」、つまり「社長」にかかっていると思います。「人を大切にする」経営だけではなく、社長の人格・執権も含めた「人間力」が企業の成長と衰退を決定すると思うのです。
例えば、人材不足や後継者不足で廃業する会社が多いのですが、調べてみると廃業する会社の半分くらいは黒字です。一体なぜこうなってしまうかというと、これは経営者が経営者の仕事をやっていないからではないかとも思うのです。私は著書の中に良く書くのですが、経営者の仕事は大きく分けると、5つくらいしかありません。
まず1つ目の経営者の仕事は、「方向を明示する」ことです。2つ目は、「方向を明示した後、それを今日やるか明日やるか、やるかやらないか、決断すること」です。「方向を明示して決断する」というのは、相当な知識や情報、人脈を持たないとできません。少なくとも人の3倍から5倍は勉強しなくてはいけません。人的ネットワークだけではなく、経営者自身も本を読んだり、人の話を真摯に聞いたりしなければなりません。3つ目の仕事は、これが一番大事かもしれないですが、「社員のモチベーションを高める」ということです。もっといえば、「社員がやりがいを感じるような、働きがいのあるような会社経営をする」ことです。ハード面・ソフト面で社員のやりがいを充実させる、社員のモチベーションを高めるというのは経営者の仕事です。4つ目の仕事は、「誰よりも働く」ことです。最後の5つ目の仕事は、「後継者を育てる」です。しかし、5つの経営者の仕事に加えて、営業や銀行周り、生産管理や品質管理といった社員の仕事を担っている経営者も多く、中々後継者を育てる時間に使えていないようです。この激動の時代、5つの仕事をしっかりやることができる経営者の力、つまり人格系能力や勉強が問われると思います。
このように経営者には多くのことが求められますが、例えば、3年連続で人の話を聞くのが億劫になったり、人の話を聞く時間が減少しているとか、3年連続で外出が億劫になっているとか、3年連続で読書量が減っているとか、そのような状態に陥っている場合は企業家精神が萎えているということを表しています。つまり、経営者としての定年のシグナル、新しい変化に対して関心を持たないという表明です。そのような状態になった場合は経営者を辞めた方がいいと考えています。
後継者育成に必要なこと
森井:経営者の5つ目の仕事としてあげられている後継者の話は、昨今特にクローズアップされているかと思うのですが、後継者育成という観点においてはどういうことが必要だとお考えですか。
坂本氏:後継者育成については、まず1つ目として、中小企業といっても最初から親族ありき、例えば息子や娘婿ありきの事業承継は間違っていると思います。会社や取引先、お客さま、地域社会のことを総合的に考えた結果として、息子や娘婿なら良いのですが、最初から「~ありき」というのは社員の反発を招きますからね。会社は社会を担うものですから、最もふさわしい人が社長をやれば良いわけです。そういう意味では、もう少し広く社会的公共企業体として考えた上で、後継者問題を選択しなければならないと思います。
2つ目は、社外の後継者候補と身内の後継者候補が同じようなレベルであった場合、中小企業にとっては後継者を親族にした方が成功の確率が高いわけですから、帝王学といいますか、誰もが後ろ指をさされることのないような教育をするべきですし、後継者自らもそういう自覚をすべきと考えます。
具体的にいうと、大学や大学院を出て、いきなり社長室長となって、1年経って取締役、また1年経って常務取締役というのは間違っています。もし製造業であるならば、少なくとも現場を2年~3年経験し、現場の社員の支持を、「俺たちは仲間だ」という支持を集めることが大事だと思います。当然、人事や生産・開発の現場も大切です。上司に支持されるよりは、現場に支持された人を後継者として選ぶべきですよね。そのような教育をするべきじゃないのかなと思います。
3つ目は、タイミングがあります。約8,000社を研究して分かったことですが、事業承継後に上手くいっている会社は、後継者として経営のバトンを受ける人の年齢が35歳~45歳の確率が高いんです。30歳だと、才は良いかもしれないけど、人脈や人徳は積み重ねて得られるものですので若すぎると思います。一方で45歳以上になると、大企業では良いですが、中小企業では遅いですね。オーナー型中小企業の場合は、バトンを渡される方が35歳~45歳くらいの年齢だと、事業承継後の会社経営がうまくいっていると思っています。
あと一番大事なのは、社長の座を譲った後の姿勢で、会社は良くも悪くもなります。私は「社長と会長の最大の違いは、我慢の度合いである」というように著書に書いていますが、社長よりも張り切ってしまう、我慢をしない会長が多すぎると思っています。我慢の度合いがどういうことかというと、「社長より早く来ない」「社長より遅く帰らない」「会議で社長より発言しない」ということです。そうなると結局、社長は右行け、会長は左行けというような二党政治になってしまいます。だから後継の社長に経営を任せるには、社長を辞めた後の身の処し方がとても大事というように感じます。
森井:企業家精神がなくなったら社長を辞めた方がいいし、そうはいっても最終的には「立つ鳥跡を濁さず」で後はいかに会社を見守る立ち位置になれるかどうかということですね。
坂本氏:今の絡みでいうと、後継の問題を上手くさせるためには、「経営者は常に己は中継ぎ経営者だ」という理解が必要です。でも多くの経営者は自分が最終ランナーだと思っています。次の人に会社を残してあげるためにも、良いバトンを後継者に渡す、まさに「経営者中継ぎ論」というイシューも大事だと思います。
森井:経営者に求められることを色々あげていただきましたが、「経営者は3倍も5倍も努力することが必要」であったり、「企業家精神がありながら、でも中継ぎ意識を持つことが必要」というのは、極めて難しい事だと思いますが、だからこそ先ほどおっしゃったように、部下を持てて組織の長となれるわけですね。
坂本氏:そうですよね。経営者あるいは会社というのは人を幸せにするために存在するのですから、責任を果たせない・覚悟がない方は経営者になるべきではないと思います。1に仕事、2に仕事、3に仕事、これが嫌なら経営者になるべきではない、と私ははっきり言っています。
1日24時間しかないのだから、社員がやるレベルの仕事をやりながら、経営もするのは無理ですね。社長の給料が高かったり、少し貰い過ぎな会社はたくさんあります。社長が社員の10倍給料をもらっているけれど、社員の10倍も働いてないのではないでしょうか。経営者の一挙手一投足を社員は言わないだけで、しっかり見ているんですね。「問題は外ではなくて、全て内にある」といえます。問題は外、環境にではなくて、心にあった、という。変わるべきは環境ではなくて、自分の心にあったっていうね。変わるべきは環境ではなく、経営者自身です。
森井:貴重なお話をありがとうございます。我々も中小企業の方々にお役立ちするような情報発信をしていきたいと考えておりますが、今回伺ったお話はとても考えさせられる内容でした。
(この対談は2019年9月17日に行われたものであり、社名や役職名は当時のものです。)