スタートアップの労働条件とは?立ち上げる際の労務管理のポイントを解説
掲載日:2025年7月1日起業準備

スタートアップは、アイデアの実現やプロジェクトの推進等を優先しがちですが、事業を成功させるためには労務管理の仕組みを整えることも不可欠です。
労働条件や労務管理体制がしっかり整備されていないと、トラブルや法令違反につながる可能性があり、企業の存続にも影響します。
本記事では、労働条件・労務管理の基本や、スタートアップが適切な労務管理を行わないリスクを解説します。
労働条件とは
労働条件とは、労働者が事業主のもとで働く際の条件(賃金や労働時間等)を定めたものを指します。事業主が労働者を雇用する際は、労働基準法に基づいて労働条件を具体的に明示しなければなりません。
労働基準法は、雇用形態を問わず、労働者を一人でも雇用する場合に適用されます。スタートアップを設立した後は、初めて労働者を雇用する前に労働条件や労務管理体制を整備する必要があります。
なお、役員(兼務役員を除く)は従業員には該当しないため、労働基準法は適用されません。ただし、企業の健全性を保つためには、役員に対しても業務内容や責任の範囲等を明確にすることが求められます。
この章では、労働者を雇用する際に明示すべき労働条件を、「必ず明示しなければならない項目」と「定めをした場合に明示しなければならない項目」に分けて説明します。
必ず明示する項目
労働条件のうち、必ず明示しなければならない項目は以下の通りです。
- ①労働契約の期間
- ②期間に定めがある契約を更新する場合の基準(通算契約期間または更新回数の上限を含む、無期転換申込機会と無期転換後の労働条件変更の有無)
- ③就業の場所および従事すべき業務とそれぞれの変更の範囲
- ④始業・終業時刻、休憩、休日、休暇、時間外労働の有無等
- ⑤賃⾦額、賃⾦の決定、計算の⽅法、⽀払時期等
- ⑥退職に関する事項(解雇の事由を含む)
- ⑦昇給に関する事項
上記のうち①~⑥は、原則として「書面」で交付する必要があります。
また、パート・アルバイト等の短時間労働者の場合は、上記の他に昇給・退職手当・賞与の有無や雇用管理改善等事項の相談窓口に関しても書面で明示することが義務づけられています。
なお、法律上記載が必要な事項は決まっていますが、書式に一律の決まりはありません。必要に応じ、厚生労働省のホームページから労働条件通知書のひな型をダウンロードしましょう。
定めをした場合に明示する項目
定めをした場合に明示しなければならない項目は、以下の通りです。
- 退職手当に関する事項
- 臨時の賃金、賞与等に関する事項
- 食費、作業用品等の負担に関する事項
- 安全衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償等に関する事項
- 表彰や制裁に関する事項
- 休職に関する事項
上記の項目は、事業主がこれらに関する定めをしない場合は、明示する必要がありません。
労働条件・労務管理に関する主なポイント
スタートアップを立ち上げる際は、労働基準法等の法律を正しく理解し、労働条件の設計や労務管理体制の整備を行う必要があります。
この章では、労働条件の設定や、労働者雇用時・雇用後の労務管理に関する主なポイントを項目別に解説します。
なお、厚生労働省は、スタートアップの労務管理等を支援するサイト「スタートアップ労働条件」を運営しています。自社の労務管理・安全衛生管理等の問題点をインターネット上で診断できるので、積極的に活用すると良いでしょう。
就業規則
就業規則とは、労働条件や職場内の規律等に関して定めた規則の集まりです。
常時10人以上の労働者を雇用する場合は、労働基準法に基づき、事業場(支店や営業所等)ごとに就業規則を作成し、事業所を管轄する労働基準監督署長へ届け出る必要があります。
なお、就業規則を変更した場合も、労働基準監督署長へ届け出ます。
また、作成した就業規則は、労働者が⾒やすい場所に掲示する、電子媒体に記録し常時確認ができるようにする、書面で通知する等の方法によって周知しなければなりません。
前述した、厚生労働省のサイト「スタートアップ労働条件」では、「就業規則作成支援ツール」を公開しており、インターネット上でモデル条文に追記や変更を加えながら、事業場別・雇用形態別に自社に合わせた就業規則を作成できます。また、厚生労働省が公表しているモデル就業規則*も参考にすると良いでしょう。
- *出典:厚生労働省「モデル就業規則について」
賃金の支払方法や最低賃金
労働基準法では、賃金の支払方法に関して以下の原則を定めています。
- ①通貨払いの原則*1)
- ②直接払いの原則*1)
- ③全額払いの原則*2)
- ④毎月1回以上払いの原則
- ⑤定期払いの原則
賃金は、上記の原則に基づき、通貨で直接労働者に全額を毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければなりません。
また、労働者に支払う賃金には、最低限度額が定められています。「地域別」または「特定産業別」の最低賃金より低い賃金で契約した場合は無効となり、いずれか高い方の最低賃金額で契約したものとみなされます。
なお、通貨払いの例外措置として、2023年4月から「賃金のデジタル払い」が可能となりました。
これは、社会のデジタル化の進展に伴い、キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、資金移動業者口座での賃金受取ニーズが高まっていることを踏まえたものです。
使用者が労働者の同意を得た場合、一定の要件を満たし、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座へ資金を移動して賃金を支払うことができます。
- *1)一定の条件を満たす場合は労働者が指定する金融機関の本人名義口座へ振り込む方法が認められています。
- *2)例外として法律に基づく控除、労使協定に基づく控除が認められます。
労働時間・休憩・休日
労働基準法では、労働時間・休憩・休日に関して以下の規定があります。
区分 | 内容 |
---|---|
法定労働時間 |
原則1日8時間・1週間40時間が上限 |
休憩 |
1日の労働時間が6時間を超える場合:45分以上 |
休日 |
毎週少なくとも1回、または4週間を通じて4日以上 |
法定労働時間を超えて労働させる場合は、あらかじめ「時間外労働・休日労働に関する協定」(36協定)を締結し、労働基準監督署に届け出なければなりません。
また、時間外労働・休日労働・深夜労働をさせた場合は、割増賃⾦の支払が必要です。
年次有給休暇
事業主は、一定の条件を満たす労働者に年次有給休暇を与えなければなりません。対象となる労働者は、以下の通りです。
- 雇入日から6ヵ月間継続して勤務している
- その間の全所定労働日の8割以上出勤している
付与日数は、勤続期間に応じて10日~20日です。なお、所定労働日数が週4日以下かつ所定労働時間数が週30時間未満の労働者の付与日数は、所定労働日数と勤続期間によって比例的に決まります。
解雇
事業主側が労働契約を一方的に解約することを「解雇」と言います。
労働者を解雇する場合は、30日以上前に予告する、もしくは平均賃金の30日分以上の解雇予告手当を支払うことが原則です。また、業務上の疾病や産前産後等で休業中およびその後30日間(解雇制限期間)は解雇できません。
安全衛生管理
事業者は、労働安全衛生法に基づいて労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境を整える義務があります。
労働安全衛生法で定められた責務の一つとして、事業者は労働者の雇用時とその後年に1回、健康診断を行わなければなりません。
また、近年は長時間労働やハラスメント問題等から、メンタルヘルス対策の重要性も高まっています。
適切な労務管理が行われない場合のリスク

適切な労務管理を行わないと、人材の流出や従業員とのトラブル、法令違反等につながるリスクがあります。主なリスクは、以下の通りです。
- 雇用契約に関するリスク
- 賃金未払い・過払いのリスク
- 労働環境が悪化するリスク
雇用契約に関するリスク
スタートアップの創業メンバーは、知人や元同僚等の身近な人を中心に構成される場合が多く、雇用契約が曖昧になりやすい点に留意しなければなりません。
例えば、「業務委託契約」を結んでいるが、実態は会社側が労働者に業務内容を細かく指示したり、勤務時間の管理を行ったりしている場合、「雇用」とみなされる可能性があります。
実態が「雇用」とみなされる場合、社会保険の未加入や割増賃金の未払い等の問題が生じます。
また、実質的に雇用関係があるにもかかわらず、業務委託契約などの名目で請負契約であるかのように偽装する行為(偽装請負)は違法行為であり、罰則が科せられる可能性があります。
こうしたリスクを避けるためには、最初からしっかりと契約関係を明確にしましょう。指揮命令下におく雇用契約関係を選択するのであれば、適切な労働条件を設計し、労務管理体制を整えることが重要です。また、従業員を雇用する際は、労働基準法に基づいて労働条件を明示した「労働条件通知書」を書面で交付する義務があります。
賃金未払い・過払いのリスク
労働時間が適切に管理されていない、あるいは給与計算にミスがあると、賃金の未払いや過払いが発生するリスクがあります。
労働時間は原則として1日8時間・週40時間までと決まっており、36協定を締結して時間外労働をさせる場合は割増賃金を支払わなければなりません。
賃金の未払いが発生すると、労働基準監督署から指導が入ったり、従業員から訴訟を起こされたりする可能性があります。また、賃金の過払いは、本来支払わなくても良い人件費を余分に支払うことになり、資金繰りに影響が及ぶ場合もあります。
このような賃金でのトラブルは従業員や取引先等からの信頼を失いやすく、事業活動にも影響が生じかねません。給与計算には労働基準法上で様々なルールがあり、意図せず法令違反となってしまう可能性もあるため、十分な注意が必要です。
労働環境が悪化するリスク
労務管理が適切に行われないと、労働環境の悪化を引き起こすリスクがあります。長時間労働や休暇が取りにくい等の労働環境の悪化は、以下のような問題につながります。
- 従業員のモチベーションが低下する
- 離職率が上がる
- 労働災害や過労死等の問題が生じる
- 訴訟を起こされる
- 社会的信用を失う
特に、少人数で多くの業務を担う初期段階のスタートアップでは、こうした問題が起きやすい傾向があります。労働環境の悪化を防ぐためにも、従業員の労働時間を正確に把握することが求められます。
また、有給休暇の取得を促進する、育児や介護等と仕事の両立のための柔軟な働き方を支援する、ハラスメントの相談窓口を設定する等の取り組みも必要です。
スタートアップの資金管理にはみずほ銀行の法人口座
労働基準法を遵守し、賃金支払などの透明性を確保するためには、労務管理と同時に適切な資金管理も重要です。スタートアップを立ち上げた際は、労働条件の設計や労務管理体制を整備するとともに、円滑に資金管理を行うための法人口座を開設しておきましょう。
法人口座を開設することで、個人と法人の資金を明確に区分できるため、給与や経費の支払などの透明性が向上し、健全な事業運営につながります。法的リスクや税務リスクを低減できるほか、取引先からの信用度が増す点もメリットの一つです。
みずほ銀行の法人口座は、休日・夜間でもお申し込みでき、ウェブ面談によって来店なしで手続きを完結できます。
また、法人口座を開設すると、年会費無料の法人向けデビットカード「みずほビジネスデビット」の発行が可能です。法人口座からリアルタイムで決済されるため、資金管理の効率化を図れます。
さらにみずほ銀行では、スタートアップ企業を支援する会費無料の会員制サービス「M’s Salon」をご用意しており、必要不可欠な経営知識、事業遂行ノウハウ、ビジネス拡大機会、資金調達サポート等の提供によって、スタートアップ企業の成長をサポートします。
資金管理の効率化だけでなく、事業のサポートをお求めの方は、ぜひみずほ銀行での口座開設をご検討ください。
まとめ
スタートアップに限らず従業員を雇う際には、労働条件を明示した「労働条件通知書」を書面で交付しなければなりません。
また、労働基準法等では、賃金の支払方法や労働時間、安全衛生管理等に関して様々な規定が設けられています。トラブルや法令違反が起きないように明確な労働条件を設計し、適切な労務管理を行いましょう。
スタートアップを設立した際は、労務管理体制の整備と同時に、適切な資金管理を行うための法人口座を開設することをおすすめします。みずほ銀行の法人口座では、スタートアップを支援する多彩なサービスをご用意しています。
ぜひみずほ銀行での口座開設をご検討ください。
監修者

羽場 康高
- 社会保険労務士
- 1級FP技能士
- 簿記2級
現在、FPとしてFP継続教育セミナー講師や執筆業務をはじめ、社会保険労務士として企業の顧問や労務管理代行業務、給与計算業務、就業規則作成・見直し業務、企業型確定拠出年金の申請サポートなどを行っています。