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掲載日:2022年5月31日

新企画

「顧客が僕らの事業を守ってくれた」──飲食SaaSのクロスマート・寺田氏にみる、ステークホルダーと共創する事業経営とは

みずほ銀行×FASTGROW コロナ禍の苦境を乗り越えた5人の経営者 vol.3 クロスマート株式会社 代表取締役 寺田 佳史氏

<プロフィール>

クロスマート株式会社
代表取締役 寺田 佳史氏

大学卒業後、2007年にインターネット広告事業とメディア事業を中核事業とする大手インターネット広告代理店に入社。大手企業とのアライアンス事業の立ち上げ、Facebookコマース事業の立ち上げを経験。2013年に医療・健康領域の専門家が監修する総合ヘルスケアメディアを立ち上げ、月間300万ユニークユーザーまで拡大。その後、2018年に既存産業×テクノロジーで新規事業を創設するスタートアップスタジオに入社、食品流通のDXを推進するクロスマート株式会社を創業し、代表取締役に就任。

コロナ禍の苦境を乗り越えた5人の経営者

Vol.3 クロスマート株式会社 代表取締役 寺田 佳史氏 (11分29秒)

同社は、“食品流通のDX(デジタルトランスフォーメーション)”を掲げ、食品業界に変革を起こすスタートアップ企業だ。そして、今回のコロナ禍で打撃を受けた業界の一つに属している。しかし厳しい状況の中、顧客や株主らに支えられ、事業を飛躍させたのだ。そんな周囲との“共創”をテーマに、危機の乗り越え方を学んでいく。

2020年2月。突如あらわれた未知なる感染症が日本に波及し、国民全員が先の見えない道に放り出されました。その感染症は、今なお我々の生活を脅かし続けている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)です。この厄災により、多くの中小企業や小規模事業者がダメージを受け、明日の経営に不安を抱いているのではないでしょうか。

「そんな経営者たちを少しでも応援したい」「自分の経験から、明日の糧になるヒントを得て欲しい」。そんな想いで駆けつけてくれたのは、自身もコロナ禍の影響を受けた5名の経営者たちです。

今回語ってくれたのは、クロスマート株式会社(以下、クロスマート)の代表取締役 寺田 佳史氏。同社のプロダクトは飲食に特化していることもあり、コロナ禍による影響は大きなものだったといいます。存続の危機に瀕した会社が生き残れたのはなぜなのか。その理由を探っていきましょう。

悲運の飲食業界。数ヵ月先にみえる資金ショート

コロナ禍に突入する前の2019年11月、クロスマートは同社のサービスとしては第2弾となる、“飲食店”と“卸売業者”におけるアナログな受発注業務をデジタルで効率的に行えるプラットフォーム『クロスオーダー』をリリースした。もともと、“飲食店”と“卸売業者”における取引先相手のマッチング支援を主としていた第1弾から、この第2弾におけるピボットは見事成功。順調な滑り出しを見せていたという。そして、その数ヵ月後に襲ってきたのが新型コロナウイルス感染症だった。

寺田氏
この新型コロナウイルス感染症により外食産業が営業できなくなったことで、我々の顧客である卸売業者も経営が厳しくなり、ひいては僕たちの事業状況も一気に悪化。具体的にいうと、コロナ禍前と比べて毎月の受注件数が約80%も減少したんです。

我々はもともとシード期(ベンチャー立ち上げの期間)にベンチャーキャピタル(以下、VC)から1.2億円の資金調達をしていたのですが、第1弾から第2弾にかけて、プロダクトづくりや採用など様々な事業投資をしていました。そんな矢先、まさに「これから再スタートだ」というタイミングで新型コロナウイルス感染症に見舞われたので、今回の第2弾『クロスオーダー』が軌道に乗らなければいよいよ会社の存続が危うくなる。そんな危機感が日に日にリアルなものになっていきました。

そこからは経営陣で集まり、「あと何ヵ月で事業投資の資金がショートするぞ」とシミュレーションを重ねる日々。徐々に具体的なデッドラインが見えてきて、「2020年7月には資金が尽きるのでは…」と話していました。

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プロダクトの試作開発をしながら事業モデルをつくっていくシード期を経て、当時シリーズA* における資金調達の話も進めていたという寺田氏。しかし、決まりかけていた新たなVCとの数億円単位の調達案件は、コロナ禍により白紙に。そこからまた別のVCを複数社まわり資金調達を求めるも、「コロナ禍において飲食業界のスタートアップはどう考えても先行き不透明」として断られるばかりだったという。

  1. *投資ラウンドと呼ばれる投資家がスタートアップ企業に投資をする際の投資フェーズの種類のひとつ。

しかし、2022年2月現在、今こうしてクロスマートは存続している。コロナ禍での窮地においても諦めずにVC各社と対話を続け、自社のミッション・ビジョンや、今の食品業界が抱える課題とその解決策について、理解と共感を獲得することができたのだ。事実、2021年2月にはシリーズAにおいて2.7億円の資金調達を実現させた。
コロナ禍においても事業を存続させることができた理由について尋ねると、寺田氏は「コロナ禍に限った話ではありませんが、僕はこれまでにたくさんの人に助けられてきたんです」と答えた。

取材中の受け答えの様子からもどこか人懐っこさが感じられるが、この愛嬌が救いの手に恵まれた理由なのだろうか。その理由について探る前に、まずはなぜ寺田氏が飲食業界での起業を考えたのか、そもそものところに迫りたい。

起業初戦は失敗、リベンジに乗り出した矢先のコロナ禍

「もともと社会人になる前からいずれは起業したいと考えていた」と語る寺田氏。そこで、来たるデジタル主流の時代を見据え、IT領域でかつ、起業家も輩出している環境が望ましいだろうとのことで、新卒で大手インターネット広告代理店に就職。

ECやWebメディアの立ち上げおよびグロースに約10年従事した後、その経験をもとにクロスマート創業に至る。なかでも事業ドメインを“食”に定めた理由について、寺田氏は次のように説明する。

寺田氏
祖父が東京・門前仲町で瓶ラムネを作るメーカーを営んでいて、食品の製造や流通を身近に感じながら育ったんです。ですから、食品の流通にはなじみがあったし、なにより“食”というものが好きだった。そうした影響から、独立する際に自然と飲食業界の課題について調べ始め、今の事業ドメインへと踏み込んでいったんです。

“食”の領域は調べれば調べるほど、長い歴史を持つ素晴らしい業界である一方、アナログな業務が多いことがわかってきました。そこで、これまでIT業界で培ってきた経験を活かし、デジタルを活用した課題解決が自分ならできるんじゃないかと思ったんです。

食の領域の中で、寺田氏が選んだのは外食産業だった。「デジタルの力で、外食の課題を解決しよう」と考え、クロスマートを創業。最初に手掛けた第1弾のサービスは、会社と名前を同じくする『クロスマート』。“飲食店”と“食品の卸売業者”をつなぐマッチングサービスだった。

寺田氏
飲食店は国内に約50万店舗ほどあり、食品卸売業者も5~6万社あります。驚いたことに、この両者では合理的な情報交換、すなわち相場に適した仕入れ交渉が行われている訳ではなく、当事者間での主観にもとづいて行われていることに気づいたんです。密な情報交換があまりなされておらず、「原価などの情報が不透明なまま仕入れが行われているのでは?」といった課題意識がありました。

しかし、第1弾プロダクトは結果的に失敗。ピボット(方向転換)を決断し、先に述べた『クロスオーダー』の開発へと歩みを進めることになる。この第1弾のプロダクト『クロスマート』が失敗した理由について、寺田氏は次のように振り返る。

寺田氏
理由はたくさんありますが、中でも大きかったのは僕たちの業界理解の浅さです。事業立ち上げの際、僕は客観的に業界を見て、経済合理性を突き詰めたロジカルな切り口で事業を展開していきました。しかし、それでは通用しなかったんです。

飲食の現場では昔からの付き合いや恩義など、合理的な要素以外の関係性で商売が行われていました。こうした人間関係を軸とした現場感覚が当時の僕になかったことが、第1弾が失敗した要因だったと捉えています。

ですから、第2弾となる『クロスオーダー』では同じ轍を踏まないよう、課題解決の着眼点や顧客ニーズの把握だけで終わらせず、「本当に現場の顧客にとって使いやすい、使いたいサービスになっているのか」という視点を大切に開発していきました。

第2弾となる『クロスオーダー』の提供を開始した当初は、プロダクトの完成度もそれほど高くなかったと寺田氏はいう。しかし、飲食業界の商慣習を押さえずにリリースした第一弾プロダクトと異なり、今回は“日々の煩雑なアナログ業務をデジタルで効率化する”という飲食従事者のペインを正面から払拭する価値提供がウリ。企画に賛同する飲食業界の従事者は多く、スピーディーに導入の話が進んでいった。「さぁ一気に盛り返すぞ」。そう意気込む矢先に訪れたのが、コロナ禍だったのだ──。

寺田氏
ようやく事業が軌道に乗ると思った途端に、この急転直下。考えることは、とにかく会社を存続させるため、まずは支出を抑えなければならないということ。

そこで、当時11名ほどいた社員の内、プロダクトの開発には直接携わらないメンバー数名を、クロスマートの出資元でもあるグループ会社に出向させることに決めました。他にも、20名ほどいたインターン生をゼロにすることも決断。会社存続という意味では至極真っ当な手だと思えますが、仲間を組織から切り離す決断を下すことには、つらいものがありました。

それはそうですよね。創業1、2年目のスタートアップに入ってきてくれるなんて、それだけでありがたい存在でしたし、ミッションやビジョンに共感して「一緒に盛り上げていこうね」と頑張ってくれてもいた。彼ら彼女らには1mmも非がないのに、突如として終わりの見えない出向を受け入れなければならない。正直、「社内のメンバーからは反発もあるだろう…」と覚悟していました。

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しかし、そんな寺田氏の予想はいい意味で裏切られた。突如として出向を言い渡されることになった社員たちは、誰一人として寺田氏に怒りをぶつけることはなかったというのだ。

危機を救ったのは自分ではない。社員、株主、顧客たちだ

「自分は裏切った側だ」と責任を感じながら、社員と一対一の話し合いに臨む寺田氏に対し、出向を打診された社員たちは憤りを見せるどころか、心配する声を寺田氏に投げかけたという。

寺田氏
会社のキャッシュ状況を社員にオープンにしていたこともあり、社員からは「危機的な状況は分かっています。もう一度会社が軌道に乗るまで、外で修行して戻ってきますね」と言ってもらえました。「社長、思いつめないでいいですよ。もっと私たちに頼ってください」とすら言われ、自分はなんて幸せな経営者なんだと思いましたね。

こうした社内の反応について、寺田氏は「『こんなにも当事者意識を持って事業にコミットしてくれているんだな…』と頼もしさを覚えました」と語る。創業して3年半、まだ退職者は一人として出ていない。このことからも、いかにメンバーがクロスマートのミッションやビジョンに共感し、「組織一丸となって共に取り組んでいきたい」と想っているかがうかがえるだろう。

また、寺田氏に救いの手を差し伸べたのは社員だけではない。株主、ベンチャーキャピタル(以下、VC)からも温かい声をかけられたそうだ。

寺田氏
現在、10数社の株主さんにご支援をいただいておりまして、彼らには毎月行う取締役会にオブザーバーとしてご参加いただいてきました。

創業してしばらくは、株主の方々に「寺田の経営はダメなんじゃないか」と思われたくないという気持ちが強く、ポジティブな事業報告ばかりをして、ネガティブな情報は口に出せなかったんです。

しかし、皆さんから口を揃えて「もう仲間だし家族も同然なんだから、良いことも悪いことも包み隠さずいってくれていい。一緒に喜ぶし悩むから、洗いざらい話してくれ」と声をかけてくださって。

そこから自分の中で取り繕うような気持ちが晴れ、頻繁に事業相談をするようになりました。コロナ禍による危機においても、大きな精神的支えとなりましたね。

もちろんメンタル的な支えだけでなく、顧客となる食品卸売業者の紹介もこれまで何度もいただいてきまして、資金面、精神面の他に営業面でも助けられているんです。

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救いの手はこれで終わりではない。顧客すらも、クロスマートに協力の意向を示した。

寺田氏
もともと『クロスオーダー』を立ち上げたときから、経営幹部メンバーより「顧客現場を理解するために、我々が顧客先に常駐する期間を設けた方がいい」といった提案を受けていたんです。

じゃあ実際に誰が行くのかというところで、執行役員の一人が1ヵ月間、広島の顧客先に行ってくれたんです。顧客企業も「もちろんいいですよ」と快く受け入れてくださって。

この“顧客の現場に入り込む”という取り組みに我々の熱意を感じていただけたのか、顧客も『クロスオーダー』というサービスを一緒につくっていくチームに加わってくれた感覚があります。ただ単に我々のサービスを使うか使わないかを決める立場にあるのではなく、「うちもクロスオーダーを成功させなきゃダメだと思っているからね」と言ってくださるんです。

「『このやり方でいいんだ』と思えた」と語る寺田氏。現在、『クロスオーダー』の顧客となる卸売業者数はおよそ150社。サービス開始後、1年掛けてようやく100万円を達成していたMRR(月間経常収益)も、ここ1年で急激に10倍の1,000万円ほどに伸びたそうだ。そして先に述べた通り、コロナ禍のあおりを受けて苦戦したシリーズAにおける調達も2021年2月に実現。今日にいたるまで順調な成長を見せている。

こうしてみると、確かに人に恵まれているといった印象は受ける。しかし、それは単なる偶然や運の良さではなく、彼自身の、日々の努力の積み重ねが導いた結果だということは記しておきたい。

例えば、キャッシュフローの社内共有ひとつとっても、平時から社員に開示できている経営者がどれほどいるだろうか?コロナ禍で業界自体が傾いている時期に、「それでもこの業界を変えたい」「良くしていきたい」と、何度も何度も断られ続けるなかVC各社へと足を運べる経営者がどれほどいるだろうか?一度の失敗でめげずに、そこから学びを得てより深く業界に貢献できるよう、改良を重ねプロダクトを磨き上げる情熱を持った経営者が、どれほどいるだろうか──。

こうした寺田氏自身の“事業のためにやれることはすべてやる”といった姿勢が、周囲を動かしたといえるのではないだろうか。

頼るためにも人事を尽くす。明日から実行できる経営者としての在り方

多方面からの助けを得て、会社存続の危機から起死回生を果たしたクロスマート。今回のコロナ禍での経験を踏まえて、“事業をつくる”、“経営をする”という点において寺田氏の見解をうかがった。

寺田氏
コロナ禍を経て痛感したことは、事業や経営において、自分一人にできることなんてちっぽけだということ。ですから、社員に頼る。株主に頼る。顧客に頼る。それに尽きるのかもしれません。もちろん、そのためには常日頃から自分にできることは何でもやる。社内への情報開示や、メンバーとのコミュニケーション。株主との、ネガティブ・ポジティブ含めた密な情報連携。徹底して顧客目線に立ったサービス提供など。これらのステークホルダーに対してやれることは全てやり切った上で、あとは思いっきり頼らせてもらう。そんな姿勢が大事だと感じています。

少なくとも、クロスマートは、それで活路が開けた。引き続きコロナ禍で厳しい状況は続きますが、飲食業界の流通インフラになれるよう、今後も周囲のご支援やご協力に助けていただきながら、がんばっていきたいと思っています。

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このように、寺田氏は繰り返し「運が良かった」「恵まれている」と語る。しかし、何もせずして良縁に恵まれているわけではないだろう。社員、株主、顧客に支えられている裏には、平時においてこうした方々と真摯に向き合ってきた努力の蓄積が必ずやある。

“これまでどんな想いで事業に懸けてきたのか”、“そのためにどんな努力を積み重ねてきたのか”といった振る舞いや実績こそが信用となり、有事の際に差し出される救いの手となって返ってくるのだろう。

“信用貯金”ではないが、そんな日々の経営者としての立ち振る舞いこそが、事業を、そして会社を永きに存続させていくうえでの基本であり、根幹をなすものと感じさせる取材であった。

コロナ禍の苦境を乗り越えた5人の経営者

Vol.3 クロスマート株式会社 代表取締役 寺田 佳史氏 (11分29秒)

同社は、“食品流通のDX(デジタルトランスフォーメーション)”を掲げ、食品業界に変革を起こすスタートアップ企業だ。そして、今回のコロナ禍で打撃を受けた業界の一つに属している。しかし厳しい状況の中、顧客や株主らに支えられ、事業を飛躍させたのだ。そんな周囲との“共創”をテーマに、危機の乗り越え方を学んでいく。

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