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名作文学に学ぶ「仕事の心得」

掲載日:2022年2月1日事業戦略

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「ビジネスに生かす読書」といえば、ドラッカーや松下幸之助などの経営を説いた本や、「リーダーシップ」「生産性アップ」などを解説したノウハウ&自己啓発本が連想されます。人心掌握術や自己成長などを学ぶべく、中国古典や西洋哲学書を読んできた方も少なくないでしょう。
その一方で、小説やエッセイなどの「文学作品」からも、仕事の心得や生き方を学ぶことができます。逆説的にいえば、どんな書物も、そこから何かを学び取ろうと思って読めば、教科書となり得るのです。
本稿では、そのような観点で、仕事に役立つ文学作品を二つご紹介いたします。

『21世紀の資本』が光をあてた19世紀の古典

ここ数年の経済書のヒット作としてあげられるのが、トマ・ピケティの『21世紀の資本』です。
日本語訳は2014年に出版(山形浩生・守岡桜・森本正史訳、みすず書房)。
税込6,000円以上と比較的高額な本ですが、早々に10万部を突破したそうです。

ベストセラーでありながら、この本は難解です。なぜなら700ページ超というボリュームに加え、膨大なデータを蓄積した学術書であるため、とっつきにくい印象を与えるのです。
「買ったはいいが挫折した」という方も多いことでしょうが、この本のメッセージはきわめてシンプル。
それは、「資本主義における経済的格差を解消するためには、行動を起こさなければならない」というものです。

ピケティはこれを「r>g」という不等式で表しました。
rは資本収益率、gは経済成長率です。18世紀以降のデータを分析した結果、「経済成長に依存する給与所得よりも、不動産収入や利子・配当のように、資本(資産)から得られる利益の方が大きいことが分かった」というのです。

もちろん、働かずに不動産投資で儲けた方が良いというわけではありません。
しかし、収入を増やすことを一つの成功と捉えるならば、漫然と働いてお金を貯めるのではなく、ノウハウや人脈等の知的財産を資産と捉え収益化に活かすなど、工夫する必要があるということでしょう。

そしてこの不等式が、資本主義時代の真理であることを証明すべく、ピケティは小説に描かれた人々を例にあげました。
彼が言及した小説の一つが、フランスの文豪バルザックの『ゴリオ爺さん』(1835年)です。

この物語の中でピケティが注目した場面に出てくるのが、苦学生のラスティニャック。やがてはフランス社交界を舞台に大立ち回りをしてやろうと豪語する青年です。
物語の冒頭では、パリ裏町のぼろアパートの住民に過ぎない彼。一体どのように、社交界の出世の階段を登っていくのかが、本作の読みどころの一つです。

「法律家になるより、金持ちの娘と結婚せよ」

ラスティニャックにとって「成功」とは、法律家となって一財をなすことです。それに疑問を投げかけるのが、素性の知れない謎の男ヴォートラン。
「法律家になったところで、稼ぎはたかがしれている。そんなことより金持ちの娘と結婚したほうが手っ取り早い。それだけで一財をなせる」と提案するのです。

「法律家をめざしてうまくいけば、40歳で検事長になれるかもしれない。でも定員はたった20人で、このポストをめざす人間はフランスに2万人もいる。いや、弁護士を選んでもいい。だが、50歳で年間5万フラン以上を稼ぐ弁護士が、一体パリに何人いると思うかね」

ピケティはこの“ヴォートランの説教”を、「r>g」が200年近くにわたって変わらない、不変の真理の例としてあげたわけです。

『ゴリオ爺さん』を一つの寓話とみなせば、「愚直な努力だけで大きな成果を出すことは困難」「成功のために重要なのは工夫と戦略だ」「事業には中長期の成長を見据えた目標設定が必要である」といった、普遍的なビジネス理論も読み取れるでしょう。

自らが経営する会社、所属する組織やチームとしての「成功」とは一体なんなのかを念頭に置き、登場人物はどんな道を選ぶのか、自分だったらどうするのか。そんな思考実験をしながら読み進めれば、古典小説をビジネスの手本とすることもできるのではないでしょうか。

ところで、本作のタイトルになっているゴリオも、ラスティニャックと同じぼろアパートに住んでいます。かつては、やり手の商人でした。
その人となりは「外交官のように策を練り、兵士のように行動する」。穀類が高騰したのに乗じて麺店を開いて財をなし、一躍、パリ社交界の寵児となったのです。ラスティニャックは、隣人であるこのゴリオに憧れ、出世を夢見ているという設定です。

ゴリオは晩年、2人の娘にせがまれるがままに金を渡し、没落していきます。
資産を得ることで変化するゴリオの心理や娘との関係性は、ラスティニャックの数十年後を示唆しているようでもあります。

700年の時を超え「生き方」を教えてくれる『徒然草』

鎌倉時代に兼好法師が書いた『徒然草』は、日本の三大随筆にもあげられる名著です。
著者の兼好法師が京の町で見聞きしたこと、書物で読んだことなどが、ある時は面白おかしく物語風に、またある時は淡々とレポート風に書き留められている作品。端々に感想を差し込んだり、これまでの経験に基づいて人生哲学を語ったりするくだりもあります。

序段の書き出しに「つれづれなるままに」(することもない物寂しさに任せて)とあるように、思いつくまま書き連ねたような筆致で、読み手としても「古典を読まねば」と気負わずに接することができる点が、大きな魅力といえるでしょう。

では、この『徒然草』を、ビジネスにどう活かしたら良いのでしょうか。
一つには、様々な見聞を自分事として落とし込む著者の洞察力です。兼好法師は、これまでの人生で出会った人たちについて、師と仰ぐべきか、反面教師とすべきか、じっくり見極めていきます。

また、筆者が出家僧であるためか、達観した論調も印象的です。
他にも「仕事の心得」「人生の指南」といえそうな内容がたくさんあるので、いくつか例をあげてみましょう。

「字が下手な人が、構わずにどんどん手紙を書き散らすのは良いことだ。恥ずかしがって人に書かせたりするのは嫌味だ」(第35段)
このくだりは「本人の言葉が一番よく届く」という、プレゼンテーションの心得のように読めます。
細かなテクニックは、あくまでもプラスアルファであった方が良いもの。まずは誠意を持って自らの意思を伝えることが、コミュニケーションの極意といえるのかもしれません。

「分をわきまえて、できないものはやらなくてもいい。それを相手が許してくれないのなら、それは相手が間違っている」(第131段)
原文は一読して分かりにくいのですが、現代語訳を手にすれば、社会人として上手く生き抜くための考え方が書かれているようです。

移り変わりの激しい現代社会において、消費者や取引先から求められることは日々大きくなっていることでしょう。
“できないこと”を無理にやろうとすれば、そのしわ寄せは自分自身のストレスやチームメンバーの不満に。仕事相手にも「できません」と言える健全な関係と築くこと、その上で、“できること”に最大限の創意工夫を凝らして、顧客からの要求に応える努力をすることが、お互いにとって良い仕事をするために必要とされる能力なのです。

このようにビジネスの観点で内容を紐解いていくと、700年前の書とは思えない新鮮さに驚かされます。

しかしこのことは、『徒然草』の想定読者を思えば腑に落ちるかもしれません。
『徒然草』は莫大な教養をもとに書かれていることから、貴族階級に宛てられたものであることはほぼ間違いないとされています。

執筆された鎌倉時代はすでに武家の世でしたが、京はまだまだ公家中心でした。
そんな社会のリーダーたちに、物事の普遍性や生き方を説いた書だからこそ、21世紀のビジネスパーソンにも響くのでしょう。

おわりに

名作文学には、作り手からのメッセージが込められています。
その中から、ビジネスを成功に導く心得を見つけるコツは、登場人物や著者を自分に置き換えて考えること。
本稿でご紹介した二作に限らず、文学作品に手を伸ばしてみれば、今まで気付かなかった知恵を得ることができるかもしれません。

(記事提供元:株式会社プレジデント社 企画編集部)

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