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名経営者の知恵に学ぶ~藤田 田編~

掲載日:2023年9月5日 事業戦略

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マクドナルドやトイザらスといった、アメリカ式ビジネスを日本に持ち込んで大成功を収めた藤田田。文化や生活習慣の違いがある中で、彼はなぜ、事業を展開することができたのでしょうか。
本稿では、日本マクドナルドの原点や藤田が後世に残した名言を知ることで、チャンスを掴み取る思想に迫ります。

一度は断るほどに、難しいと考えたハンバーガービジネス

日本マクドナルドを作った男、藤田田。「田」という珍しい名前には、キリスト教徒である母親が「口(くち)」という字に「十字架」を加えて、「良い言葉を語るような人になってほしい」という思いが込められているそうです。

そんな藤田は東京大学法学部出身で、卒業を前に大蔵省(現・財務省)から誘いがきていましたが、入省しませんでした。
これについて、のちに同氏は「公務員は前例のないことはやりたがらず、自分は前例があることはやりたくない」「入っていたら3日でクビになっていた」と語っています。

この“前例のないこと”の1つが、日本マクドナルドの立ちあげによって、わが国にハンバーガー文化を根付かせたことだったのではないでしょうか。
一方で、同氏は当初、マクドナルド経営に前向きではなかったといいます。

それは、彼が立ちあげていた貿易会社・藤田商店の事業が順調で、非常に忙しい日々を送っていたからです。
そのため、最初に話がきたときは一度断っており、当時、米国マクドナルドで副社長を務めていたスチーム・バーンズから、代わりにマクドナルドを日本で展開する人を紹介してほしいと打診されています。

ところが、米国マクドナルドのお眼鏡にかなう人物は見つかりませんでした。
当時のトップであったレイ・クロックは、米と魚中心の食文化が根付いている日本でハンバーガービジネスを展開することは、一筋縄ではいかないだろうと考え、中途半端な覚悟の人物には任せられないと、かなり厳しくパートナーを選定していたからです。
その結果、300社近いエリアフランチャイジーからの申し出を、すべて断るという結果になりました。

このときクロックが、日本におけるマクドナルドの展開を簡単なものではないと考えていたからこそ、藤田という男の力を見出し、現在までの大きな成功を収めるに至ったのでしょう。

強気の条件が気に入られ、日本マクドナルドの設立へ

最初の打診を受けてから約2年後、藤田は米国マクドナルドから、再び話を持ちかけられます。
このときも同氏は、人を紹介するからと断ろうとしました。
藤田もクロックと同様に、日本でのハンバーガービジネスは非常に難しいと考え、藤田商店の経営で忙しい中、生半可に携わることができないと判断したのです。

それに対して米国マクドナルドは、「アメリカのマクドナルドと直接交渉することができて、ある程度の資産を持っていること。また、それなりの学歴があって英語が分かり、自分の仕事を持ち、かつ遊ぶこともできる身体強壮な40歳前後の人物で、自分で決定権を持っていなければ交渉相手にならない」と要件を提示しました。そのような人物は、そういるものではありません。

これは簡単に断れないと感じた藤田は、こちら側も引き受ける条件を色々出せば、諦めるだろうと思ったといいます。
その条件というのが、「出資比率は50対50で、社長は日本側が務めて米国側は経営に一切口を出さない。経営権・人事権はすべて藤田に帰属すること、米国側のノウハウをすべて提供すること、5%とされていた米国マクドナルドに支払うロイヤリティを2%にすること、エンジニアリングや経理の専門家によるアドバイスは欲しいが、米国からの命令は一切受け付けない」というものでした。

既に米国で1,700以上の店舗を持ち、大成功を収めていたマクドナルドにエリアフランチャイジーとして参入する立場にある者が提示する条件とは思えないほど、ある意味で“図々しい”要求です。

しかし、クロックはこの条件を承諾します。しかもその理由が、「条件の出し方が気に入った」からだったそうです。
本当に責任をかぶって自分でやろうとすれば、たしかにその条件を出さないわけにはいかないだろう、という判断でした。
このことからクロックと藤田の間には、日本でのマクドナルド展開に関して、共通の認識があったことが伺えます。

そうなれば180度気持ちを切り替えて、日本マクドナルドの成功に向けて心血を注ぐというのが、藤田らしいところです。
彼はこのときのことを、のちに「今までの自分の仕事はすべて人に任せて、私の時間の99%をマクドナルドに使うと決意した」と語っています。
そして「ビジネスは人」という信念から、日本マクドナルドの立ちあげに先んじて、御茶ノ水にハンバーガー大学を開校しました。

1つの判断に3つの答え。ベストを推理して決める

こうして大きな決断を下した藤田ですが、彼は何らかの判断をしなければならない場面に直面したとき、1つのことに対して3通りの答えを考えるそうです。
「1つ目の判断を下した場合どうなるのか、2つ目の判断だったらどうか、3つ目なら……。その中からベストの結果を招くと思われるものを選択して、決断するのだ」と述べています。

ただ、多くの人にとっては、何がベストか判断を選択するのが難しいところでしょう。
その点、藤田は「判断力は推理力である」と語り、次のような言葉を残しています。

「ものを判断する場合、表か裏か、白か黒かを判断するだけなら確率は1対1である。しかし、ビジネスの場合、そんなに簡単に判断を下せるものではない。推理を重ね、そうして決断に至る。その過程で、あらゆる結果を予測する」

この話をした際、藤田はチキンナゲットを例にあげています。
チキンナゲットという商品は、1983年にチキン専門店であるケンタッキー・フライドチキンが発売して失敗した過去がありました。
そのため、マクドナルドで発売することを決めたときは、社内から不安の声が多く発せられたそうです。
それでも藤田は、先の3つの判断から「売れる」という答えを選択し、結果的に当初の予測を超えて大ヒットさせることができました。

こうした同氏の判断においては、日本マクドナルドの第1号店を銀座に出店したことも、絶妙な選択だったといえるでしょう。

そもそも米国マクドナルドでは、郊外に出店するのがセオリーとなっていました。しかし藤田は日本人の国民性なども鑑みて、銀座のど真ん中に1号店の出店を決断したのです。
当時のことを彼は、「日本の輸入文化はすべて東京から始まっているのです。東京の中心は銀座ですから、当然銀座から始めましした」と語っています。貿易会社を経営していたため、その経験も活きていたのでしょう。

冷静な判断の裏には、絶対的な信頼がある

このような冷静な判断力や、「ビジネスの生存競争では、効率の良い方が生き残る」という考えにより、効率が悪いと判断した店舗を年間5店舗から10店舗閉めるという方針からは、従来の日本型経営とは少し異なる冷徹さや、ドライなイメージを抱く人もいるかもしれません。

しかし、実はその根底にあるのは「信頼」を重んじる姿勢であり、それが周囲からの期待につながっていたのではないかと思えるエピソードがあります。

それは藤田が東京大学在学中に設立した藤田商店が、大きな取引を受注したときのこと。あるユダヤ人が経営する海外企業から、ナイフとフォーク300万本の注文を受けました。
ところが、藤田が製造を依頼した会社が納期に間に合わず、クライアントへ船便で期日通りに納品することが不可能になってしまったのです。

納期を守る唯一の方法は、飛行機をチャーターすることしかありませんでしたが、輸送費が大幅にあがり、採算が合わなくなってしまいます。
それでも藤田は、期日を守ることを最優先に考え、1,000万円もの費用をかけて飛行機をチャーターし、納期を守りました。
その結果、翌年には倍の600万本という注文を受けることになります。
ところが、またもメーカーの事情で製造が間に合わず、再び飛行機をチャーターして納期に間に合わせました。

2度にわたって利益を顧みずに納期を守った藤田は、ユダヤ人社会において「あいつは絶対に約束を守る日本人だ」という信用を獲得したと伝えられています。
ユダヤ人の父と母を持つクロックが、日本マクドナルドをどうしても藤田に任せたかった理由も、この辺りにあるのかもしれません。

こうした信念を持ち合わせていたからこそ、ハンバーガービジネスを日本で展開するという難しい事業を引き受けることになっても、確実にミッションを達成するという気概で、米国マクドナルドに対して非常に強気の条件提示ができたのでしょう。
クロックが藤田を信頼し、図々しい要求をのんでまで日本マクドナルドを任せたいと思ったのも、そうした人間性にポイントがありそうです。

おわりに

今や、日本人の誰もが目にしたことのあるマクドナルド。
その盤石な基盤を作った背景には、半端な気持ちでは手を付けられない、国独自の食文化に挑戦する覚悟と、絶対に成功させるという気概があったようです。

こうした新しいビジネスを始めるには、藤田と同じように、自身の時間を99%使ってでもやり遂げるという強い思いと、様々な判断が求められる中で、いかに冷静にベストな選択ができるか、そして周囲から絶対的な信頼を得る行動が必要なのでしょう。
日本におけるハンバーガービジネスが未知の世界であったように、先が見えづらい現代において事業を成功させる秘訣も、同じところにあるはずなので、ぜひ参考にしてみてください。

名経営者の知恵に学ぶ~レイ・クロック編~

(記事提供元:株式会社プレジデント社 企画編集部)
※記事内の情報は、本記事執筆時点の情報に基づく内容となります。
※上記の個別の表現については、必ずしもみずほ銀行の見解を示すものではありません。

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