「育休法改正」で中小企業がやるべきこと
掲載日:2021年6月14日人材戦略
国会では、男性に育児休業の取得を促す内容が盛り込まれた「育児・介護休業法」改正案の成立が見込まれています。
現在は「男性の育休なんて取れない」という企業もあるかもしれません。
しかし、「男性育休」を推奨することで、取得者のモチベーション向上や、優秀な人材の確保や業務改善などにつながる可能性もあります。
本稿では、育休取得推進についてどのように進めればよいのか、事例を交えながら中小企業が取組むコツや助成金などを紹介します。
新設される「男性版育休」の4つのポイント
今回の「育児・介護休業法」改正案の狙いは、性別問わず、妻も夫も子育てのための休みを取りやすい環境を作ることだといえます。それにより、離職や産後うつなどを防ぐことが期待されています。
これまでも改正が重ねられ、一昔前に比べれば男性の育休も増えてきてはいますが、それでも取得率は、女性の83.0%に対し、男性は7.48%にとどまっています(厚生労働省・2019年調査)。
まず、今回の改正案の要旨は以下の通りです。
- 既にある育児休業制度とは別に、男性を対象に「出生時育児休業制度」を新設
- 育休を分割して取得可能にする(現行は子どもが1歳になるまで原則1回しか取得できない育休を、妻も夫もそれぞれ2回まで分割取得できる。「出生時育児休業制度」と併用すれば夫は4回取得可能)
- 取得条件だった「1年以上の勤務」を緩和(パートタイマーや契約社員などでも育休を取りやすくする)
- 対象者への取得意向の確認を義務づけ(現行は制度説明の努力義務のみ)
- 従業員1,000人超の大企業には、育休取得状況の公表を義務づけ
上記の中でも注目されるのが、1番目の「出生時育児休業制度」です。妻の出産直後に育休を取得しやすくする制度であるため、「男性版産休」とも呼ばれています。
ちなみに、「産休」と「育休」は混同されがちですが別物です。「産休」は、「産前産後休業(産前6週・産後8週)」のことで、対象者は子どもを生む女性です。一方「育休」は、男女問わず取得可能で、会社に申し出ることにより、子どもが1歳になるまでの間で希望する期間、育児のために休業できるというものです。
新設される通称「男性版産休」のポイントは次の4点です。
- ①妻が出産後8週間以内に、4週間の育休を取得できる
- ②勤務先への申し出期限は「2週間前まで」とする
- ③分割して2回取得できる
- ④本人が希望すれば、育休期間中に仕事をすることもできる
通常の育休は、勤務先への申し出は「1ヵ月前まで」だったり、育休中は原則働くことができないなど、制限があります。対して、新設される「男性版育休」は、柔軟な制度であり、利用しやすいものとなっています。
トップダウンで推進し「業務改善」につながったA社の場合
企業の中には、既に男性の育休取得を促進する独自の制度を導入し、「役割分担の見直しができた」など、組織改革にもつなげているところもあります。
ここでは、特に工夫をこらして取り組んでいる中小企業についてご紹介します。
従業員約150人のいわゆる町工場のA社は、「男性育休」に本格的に取り組み始めた2018年から、取得率100%を実現しています。しかも休みの期間は3週間以上。同社では「男性の育休はもはや当然」となっているそうです。
とはいえ、当初は「男性社員も育休を」と号令をかけても、自ら取得しようとする人はほとんどいませんでした。その理由を社長が複数の社員に聞いたところ、「収入が減るのでは」「評価が下がるのでは」といった不安があることが分かりました。
そこで、社長は、「育休を取得した社員や推進した管理職を高く評価する」というトップメッセージを出しました。
方針を述べるだけであればよくある話かもしれませんが、対象者には上司や役員を交えた育休取得前面談を実施、部下の育休取得に貢献した管理職を表彰、というように環境を整えたところが同社の工夫といえます。
さらに、給与面の不安は、給付金などを活用した場合のシミュレーションを提示して理解を求めたそうです。
結果として、男性育休が定着。復職者は、育休を取得できたことでモチベーションがあがり、周囲への配慮が増えただけでなく時間管理能力も見違えるようになり、業務のパフォーマンスも向上したそうです。
さらに、会社にとっても良い効果が出てきています。育休取得者の仕事を引き継ぐうえで、それが仕事の棚卸しにつながったり、属人化した業務を解消できたり、ムダな業務を見直したりと、業務改善につながったのです。
また、「働きやすい会社」との評判が広がり、優秀な人材が集まるようにもなりました。
A社の場合は、トップが本気度を示して具体的な対策を打ち出して実行したことが、奏功したといえそうです。
制度がなくても「人を大事に」との理念のもと自然に広がったB社の場合
対照的に、制度が整っていなくても「男性育休」が進んでいる中小企業もあります。
例えば従業員約100人のIT企業B社では、近年の男性社員の育休取得率は約6割、平均取得日数は約3週間に及びます。
そもそものきっかけは、育休取得を申請してきた男性社員に対し、トップが「いいんじゃないか」と認めたこと。その後、男性管理職も育休を取得したことで、職場全体が「男性も育休がとれる」という意識になり、自然に「男性育休」が取得しやすい雰囲気になったそうです。
“自然に”広がったのは、そもそも同社に「人を大事にする」という経営理念があったことと無関係ではありません。
B社の社員のほとんどを占めるエンジニアという職業は、昨今引っ張りだこで、優秀な人材をつなぎとめるには、「働く環境の整備」が鍵になります。B社では日頃から教育体制や働きやすい環境を整え、従業員を大切にしてきました。従業員満足度調査を定期的に実施したり、上司と部下が改善策を話し合う場を設定したりもしています。
育休に入る前には、本人が上司や役員などと面談しながら期間などを決めていき、復職後も、面談やメールなどでやり取りして、今後のキャリアの不安などを払拭。また、育休取得経験者の座談会、育休制度の疑問に答えるセミナーなどを実施して、社内への普及・浸透を図っています。
取得者からは「業務の見える化につながった」「タイムマネジメントができるようになった」といった声があがってきています。育児のためだけではなく、本人の病気や介護において休まざるを得ないときにも、これらの応用が効いているそうです。
B社のように「制度がなくても柔軟に」という点は、会社の規模を問わず実施できることだといえるでしょう。
助成金の活用で「男性育休」の取得を推進する職場づくりを
「男性が育休を取得しやすい職場づくり」に取り組んでいる企業を対象とした、助成金もあります。
その一つが、「出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)」です。男性社員に育休を取得させた企業が対象となります。
主な要件は、
- 男性が育児休業を取得しやすい職場風土作りのために、管理職向けの研修や制度利用促進のための資料配付などの対策を実施していること
- 子どもの誕生後8週間以内に開始する連続5日以上(大企業は連続14日以上)の育児休業を取得させたこと
- 就業規則などへの規定や社員への周知をすること
などとなっています。
助成額は、中小企業の場合、1人目の育休取得時は57万円、2人目以降は、育休の長さ「5日以上」「14日以上」「1ヵ月以上」によって異なり、順に「14.25万円」「23.75万円」「33.25万円」となっています。1年度10人を上限に申請でき、生産性要件を満たした場合は支給額がアップします。
また、個別面談など育休の取得を後押しする取り組みを行った場合は、「個別支援加算」が適用されます(1人目が10万円、2人目以降は5万円)。
また、中小企業のみを対象とした「育児休業等支援コース」もあります。育児休業の取得促進に取り組む中小企業に、「育休取時」や「職場復帰時」、「代替要員確保時」や「職場復帰の支援」において助成金が支給されるものです。
支給額は、「育休取時」と「職場復帰」はそれぞれ28.5万円、「代替要員確保時」は47.5万円、「職場復帰の支援」は28.5万円で、生産性要件を満たした場合はそれぞれ金額がアップします。代替要員を確保せずに業務効率化などにより業務をカバーした場合は、「職場復帰時」に「職場支援加算」として19万円が支給されます。
併用も可能ですが、支給機関である都道府県労働局によると、まずは「育休取得時」の申請を終えた後、それぞれの申請にじっくり取り組んだほうが良いそうです。
というのは、それぞれ複数の要件があり、また申請の仕方や締切り、提出書類などが異なるため、自社担当者の業務が煩雑になりかねないからです。
要件などは、厚生労働省のウェブサイトで最新の情報を確認するようにしてください。
他にも、自治体が独自で取り組んでいるケースもあります。東京都では、「働くパパママ育休取得応援事業」において「働くパパコース」を用意。15日以上の育休を男性に取得させた企業に、最大で300万円の助成金を支給するとしています。
また、子どもの誕生後8週間以内に30日以上育休を取得した男性社員がいる場合は、20万円を加算する特例措置もあります。
中小企業が「男性育休」のためにやるべきことは、会社規定の整備や代替要員の確保、業務の引き継ぎなど、少なくありません。
しかし、本稿でご紹介した事例のように、これを取り入れることによって、社員と企業、双方に大きなメリットが生まれてくる可能性もあります。
助成金の活用を検討しつつ、社内で「男性育休」の取得推進に取り組んでみてはいかがでしょうか。
(記事提供元:株式会社プレジデント社 企画編集部)